小泉悠は「とっても愛すべき」キャラだと、私は感じていた。標準的学者における欧米規範に則った(中立を装いつつも)教えを上から垂れる「垂直的語り口」とは異なり、あなたにってのボクという「水平的語り口」の学者らしからぬキャラに魅せられた。 これは現代ラカン派が、旧套の「大他者の言説」(エディプス的父の言説)とは異なる「大兄弟の言説」とするのと相同性がある。欧米においても学園紛争を契機とした「父の失墜」により、「大他者の言説」から「大兄弟の言説」に移行しつつある傾向が顕著とはいえ、欧米は一神教国である。一神教エリアには日本のような多神教エリアとは異なり「父の残滓」がある程度居残っている。その意味で大兄弟の言説は日本的言説の典型的特徴とすることができる。 もともと日本語の構造自体が、「あなたにとっての私」の言語という指摘がある。 いまさらながら、日本語の文章が相手の受け取り方を絶えず気にしていること