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アカデミアと労働に関するsarabandaのブックマーク (5)

  • アカデミズムが認められない社会ですから - 非国民通信

    ポスドク:加速する頭脳流出 若手研究者、職なく41%が海外へ(毎日新聞) ◇倍増ポスドク 98~08年度調査 10年間にポスドクが就職するまでの期間が平均6・4年と倍近くに増え、職が見つからない若手研究者の海外流出が加速していることが、大阪府立大の浅野雅子准教授(素粒子論)の調査で分かった。国が常勤職を確保しないままポスドクを増やした計画が背景にある。素粒子論分野のみの調査だが、海外在住の研究者を含めてほぼ全数を調査した例は珍しく、他分野でも同様の傾向があるとみられる。日の将来の科学技術発展への影響が懸念されそうだ。 ◇就職まで6.4年 素粒子論研究者で作る学術団体(素粒子論サブグループ)の98~08年度までの名簿を基に調べた。 それによると、全体の人数は700人前後で推移しているが、ポスドクの人数は107人から193人と1・8倍に増え、逆に博士課程に進学する人は85人から47人に減った

    sarabanda
    sarabanda 2009/07/13
    「『社会人』の世界と『学生』の世界は相容れないものとして扱われるばかりか、『学生』的なるものは『卒業すべきもの』として扱われる、すなわち否定の対象として扱われるわけです」
  • 救済にならない救済案 - カレーなる辛口Javaな加齢日記

    派遣切り救済雇用 応募サッパリ 雇用対策として、さいたま市が発表した臨時職員100人の採用計画の応募が8人にとどまったことが明らかになったが、新規雇用を打ち出したほかの企業や自治体でも元派遣社員の応募が少数にすぎない実態が分かってきた。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090120-00000086-san-soci http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090118/trd0901181547010-n1.htm 以前からこれを見ていて,すごく違和感があったんだけど,これってオーバードクターやフリーターと同じ図式なんだよね. 博士卒で仕事にありつけなかった人がオーバードクターとして年数を重ねれば重ねるほど,(再)就職が遠のいてしまう.その場しのぎの「救済策」が,その人間の人生を台無しにしてしまうという皮肉な現象が起

    救済にならない救済案 - カレーなる辛口Javaな加齢日記
    sarabanda
    sarabanda 2009/03/21
    「まず最初にニーズが増えて,博士の給与が何倍にも高騰し,それから供給を増やすべきだった.ニーズも無いのに供給だけ増やしても,年功序列の元では単なる高年齢新卒としてしか見て貰えなかった」
  • それは年功序列と処女信仰と妬みの構造みたいな - 雑種路線でいこう

    企業どころか文系の大学教授で博士を持ってるの何割だよ?みたいな世界がある。外務省キャリアのトップノッチは学部中退とか。背景に新卒一括採用・年功序列で入社年次重視となってしまうことの弊害とか、新卒偏重の背景にある処女信仰ってか「異なる価値観に毒されない段階で組織に入って欲しい」って要望とか、上に立つ者が箔を持っていないと下にそういった権威を持った奴がいると目障りだって妬みの構造もありそうだ。文系学者で博士が出世の妨げとなることと、企業が博士を敬遠する背景って共通している。 日の企業は、博士以上の高学歴者を敬遠するという。そこには、勉強のできる子供に対する偏見と同質の偏見がひそんでいるような気がする。 だから職務給に切り替えてポスト毎のJob Descriptionを適切に設定すれば、高等教育の価値も適切に評価されるんだろうかというと難しい。文部科学省の大学院重点化によって学部より修士・博士

    それは年功序列と処女信仰と妬みの構造みたいな - 雑種路線でいこう
    sarabanda
    sarabanda 2008/12/26
    「教授に見込まれれば同じ研究室に属し続け、ポストを得る徒弟制度を通じた学歴と別の階層構造ができた。それはそれで企業の年功序列と相似形ではある」
  • 田舎大学の「学者」たちの限界(涙) - HALTANの日記

    承前:2008-10-06■[床屋政談]「地方分権」「EM菌」に見る「善意」と「熱意」に満ちた「腹黒い」「学者」さんたちの「内実」id:HALTAN:20081006:p2要は、地方大の教員は、官僚とか地方公務員仕事を表面的にしか理解していないんですよね。東京にいて霞ヶ関の審議会とかコンサルとかとやりとりのある学者と、地方にいて文献で官僚の仕事を「想像」するしかない学者では、かなりの情報量の差が生じます。難関大学出身で霞ヶ関に同級生がいっぱいいるという学者の割合も、東京の有名大学にいる学者のほうが高い(※1)わけで、その意味での「東京と地方の格差」は厳然たるものがあります。それでいて、東京で地道に実証的な研究を続けて実績を上げている学者というのは、自分が現場を知らないことに謙虚な方が多くて、地方の学者より在京の学者のほうが話が通じると思うことは珍しくありません。都市と地方の「格差」200

    sarabanda
    sarabanda 2008/10/11
    「最近のお金や時間の持ち出しが前提のNPO・ボランティアマンセー論/そこに(新自由主義反対と言いつつ)『市民や共同体が頑張れば何でも出来る』と信じているサヨクが無意識のうちに乗っかってしまっている」
  • 私が捨てたもの(追記あり) - 理系兼業主婦日記

    働く母 | 女性は結婚や出産を機に人生の転機を迎えることが多いし、男性の転職も珍しいことではなくなった。(追記・私個人の転職の経緯についてはこちら→転職について) 環境を変えることは、前向きな変革であり、挑戦である、と多くの人が考え、ポジティブな側面ばかりが喧伝されている。 でも、環境を変えて失われるものについては、あまり語る人がいない。転職して半年を過ぎたところで、私が失ったものについて振り返ってみる。 それまでいた世界における信用信用、というのは語弊があるが、それなりに長い間、同じ業界で飯をっていれば、「これについてはあの人に」と声がかかることも多くなる。経験が肩書きになる。通常の仕事とは、少し違う分野からも、「あの分野のエキスパートに話を聞こう」と呼んでもらえて、世界が広がる。 私はまず、アカデミアンとしての経験と肩書きを捨て、次に研究者としての経験と、肩書きを、すべて捨てた。 ア

    sarabanda
    sarabanda 2008/09/07
    「かつていた世界を去るということは、その世界を部分的にせよ否定することだ。その世界に今もなお残る人の中には、私がその世界を去ったことで、自分の価値観を否定されたと感じる人もいる」
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