パリのサンジェルマン・デプレは、かつて作家サルトルやカミュが集った文化人の街。青空の下、「さあさあ、今日のお題はマクロン大統領だ」と明るい声が響いた。振り返ると、この界隈(かいわい)の名物男、アリ・アクバルさん(68)がいた。ニュースを告げながら新聞を売り歩く「クリユール(呼び売り屋)」を始めて約50年。この日も、ルモンド紙の束を抱えていた。 コロナ流行で都市封鎖が続いた時、アリさんも引退を決めたという記事を読んだ。まだ、やっていたのかとうれしくなり、「写真撮らせて」と携帯カメラを向けた。すると、「ちょっと待って」と言って、隣のカフェにズカズカ入っていき、自分の写真が載っている広報紙を3冊つかんで「お土産だ」とくれた。勝手に店の備品をとってよいのかと驚いたが、店員は慣れているらしく、何も言わない。 18歳で故郷パキスタンを出て、トルコを経由してパリに来た。当時、このあたりにクリユールは40