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ブックマーク / ohnosakiko.hatenablog.com (28)

  • 『ヤンキー文化論序説』を読んで - ohnosakiko’s blog

    ヤンキー文化論序説 作者: 五十嵐太郎出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2009/03/03メディア: 単行購入: 13人 クリック: 174回この商品を含むブログ (79件) を見る ヤンキー体質ではないと自認する人々が、よってたかって「ヤンキーなるもの」を分析、考察した。自分の中の僅かなヤンキー成分を嫌々ながらも意識する者としては、これは読まざるを得ない。 まえがきで、編著者の五十嵐太郎氏が「きっかけは、だいぶ前にインテリアデザイナーの森田恭通氏をヤンキーという視点から何か分析できるのではないかという議論でもりあがったことだった」と書いているのを読んで、膝を打った。 実は三年くらい前、デザイン専門学校の家具インテリアコースの生徒のヤンキー君が、「森田恭通みたいになりたい」と言っていたのを思い出したからだ。「職人は厭なんだよ。ああいうふうに目立ちたい。んで金儲けしてぇ」。やは

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  • 芸術への「信仰」 - ohnosakiko’s blog

    「「芸術」否定の書」と背表紙に銘打たれた『芸術崇拝の思想  政教分離とヨーロッパの新しい神』(松宮秀治、2008、白水社)は、「芸術はいかにして<神>となったのか」を近代ヨーロッパの思想、文化などと絡めて論じた。 国家権力から分離した宗教の穴を埋めるものとして、芸術が科学と同様に「市民宗教」の位置を占めていった経緯を明らかにし、近代以降の芸術崇拝がどのように定着していったかについて解き明かしている。 ‥‥と紹介するとかなり学術的な内容に思えるが、文章は平明で読みやすい。終わりの方は「肥大化した「芸術」という観念」を批判する余りやや筆が走っている印象もあったけれども、西欧で不当なまでに高い価値を与えられた近代以降の芸術(美術、アートに置き換え可)のあり方を見直そうとする筆者の主張は明快。「芸術は良いものだ」という「信仰」から自由な観点で芸術について考えたい人におすすめ。 芸術崇拝の思想―政

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  • 日本の純愛史 16(最終回)『星の金貨』、マレビトの奇跡 -90年代(2) - ohnosakiko’s blog

    九十年代のテレビドラマで目立っていたのは、『ピュア』『ひとつ屋根の下』『家なき子』など障碍者が登場するドラマである。そこでは概ね、障碍者=純粋な心をもった者という設定で作られていた。 純愛ドラマで粘り強く愛を貫こうとするのも、障碍者の方である。聴覚障碍者が主人公の『愛していると言ってくれ』と『星の金貨』の人気で、手話を習う若者が急増という現象まで起こった。 『星の金貨』(酒井法子、大沢たかお、竹野内豊、細川直美)では、恋人の記憶喪失というもっと強力な純愛の障害によって、ただでさえ「弱者」である聴覚障碍者のヒロインが、散々辛酸を舐めるという話。人気に乗じて『続・星の金貨』『新・星の金貨』が作られているが、ここでは大ヒットとなった最初のドラマを取り上げよう。 星の金貨 VOL.1 [DVD] 出版社/メーカー: バップ発売日: 2001/07/21メディア: DVD クリック: 66回この商品

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  • 鳥は自分の名前を知らない - ohnosakiko’s blog

    子どもの頃、文鳥を飼っていた。とてもよく慣れて、私の掌から餌をべ、肩や頭に止まって休んだ。ピヨと名付け時々部屋の中に放って遊ばせていたが、「ピヨ、ピヨ」と呼ぶとパタパタと飛んでくるのが可愛かった。 文鳥が自分の名前を認識していたとは思えない。犬やは飼い主に頻繁に名を呼ばれるうちに、その音の並びが自分と関係あることに気づくようだが、文鳥のあまりに小さな脳みそには、そこまでの認識能力は備わっていないだろう。ただ飼い主の声に反応していたか、餌をもらえると思っただけじゃないかと思う。 そもそも、犬にしろにしろ鳥にしろ、人間以外のすべての動物は、自分が何であるかを知らない。 人間が、ワンワンと鳴きしっぽを振る動物には「犬」と名付け、ニャーニャーと鳴きよく眠る動物には「」と名付け、空を飛び卵を抱く動物には「鳥」と名付けたただけであって、犬もも鳥も、そのことをまったく知らない。 子どもの私には

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    sizukanayoru
    sizukanayoru 2010/06/23
    "「男」という言葉があり、同時に「女」という言葉があって、初めて私たちは男と女を認識する。もしそれらの言葉がなければ、世界には男も女もいない。"
  • 愛の起源 - ohnosakiko’s blog

    70年代の終わり頃、18歳の私は初めて男の人と付き合い、半年経って別れた。同じ頃、『話の特集』という雑誌を購読するようになり、そこで中山千夏を知った。ウーマン・リブという言葉がまだリアルなものとして生きていた時代である。 フェミニズム系のには親しんでいなかった私だが、中山千夏の言葉遣いには興味を引かれ、『からだノート』というを買った。 1ページに一つずつ、性についての短いカジュアルな文章が書かれている中に、恋人らしい男女の会話としてこんなものがあった。既にが手元にないので記憶で書く。 男「どんなに抱き合っても一つにはなれないんだね。さびしい」 女「だから抱き合えるのよ。うれしい」 当時これを読んで、なーんかドラマの台詞みたいでちょっとこっぱずかしいなーという感じをもちつつも、「うまいこと言うもんだ」と感心したのを覚えている。 男と女に台詞が振り分けられているが、恋愛がピークにさしかか

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  • 貧乏人はこっそり猫を飼え - ohnosakiko’s blog

    少し前に、「生活保護者はを飼うな」という増田記事があった。 将来、仕事も家も失って生活保護のお世話にならないとも限らず、その時に、うちの今春14歳になる老犬はたぶんもういないだろうが、1歳半のはもしかしたら生きている可能性もあるので、人ごとではないと思った。 一人暮らしで53歳の友人は、一昨年の秋に長年飼っていた愛を亡くし、もうは飼わないと決めたという。「だって今から子飼っても私が先に死ぬかもしれないし、そうでなくても、もし満足に面倒看れない状態になったらが可哀想だもの」。たしかに、ペットを飼うにはそれなりの覚悟と見通しがいる。 さて、その記事のはてなブックマークの中で、 amerio 社会 収入の低い人ほどペット買う率高い気も確かにするけどね。社会への劣等感から自分より低位の従属者を作りたいとかそういう心理あるかもしんない。 2010/01/09 というコメントを読み、「うー

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  • ウエストのおはなし - ohnosakiko’s blog

    もうウェストのデフレはやめよう - AnonymousDiary 女性のウエストサイズが公称60センチだったり58センチだったりするのに疑問を抱いた男性が、約2年かけて10人近い風俗嬢のウエストを計測した結果、60センチの人は一人しかおらず、それも「ガリガリといってもいいほどの細さだった」、つまり公称ってほとんど嘘だよねという話である。 ウエスト60センチの人の身長が仮に160センチくらいだとすると、相当細い方にはなるだろう。それにしても2年もかけてご苦労様です。 以前、もっと短時間でこれと似たようなことを、テレビでやっていたのを思い出した。 夏の海水浴場に番組のスタッフが出かけ、カップルの若い男女をつかまえて「彼女、スタイルいいですねぇ」と褒めまくる。まんざらでもない顔の女の子とその彼氏。 いい気分にさせたところで、「ウエストサイズを教えて頂けませんか?」と頼む。ビキニの女の子は「え〜」

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  • 大阪府の障害者支援のアート事業がよくわからない件 - ohnosakiko’s blog

    ラピュタ模倣で最優秀賞取り消し…大阪府主催の公募展:社会:スポーツ報知 短いので全文掲載。 障害がある人が創作した現代アートを展示する大阪府主催の公募展で最優秀賞を受けた絵画が、宮崎駿監督の映画「天空の城ラピュタ」のキャラクターの模倣であることが10日、分かった。府は受賞者からの辞退の申し出を受け、同日審査結果を取り消した。 賞を取り消されたのは、大阪東大阪市の女性(26)が制作した「降りそそぐ光」。数ミリ四方に裁断した布をモザイク状に張った作品で、高い評価を得ていた。 大阪府障がい福祉室自立支援課によると、1月下旬の審査後、府職員から「『ラピュタ』のロボット兵に似ている」と指摘があり、同課は「ラピュタ」を制作したスタジオジブリに照会。今月3日、電話で「著作物の複製にあたる」との回答があった。 連絡を受けた女性は「ジブリが大好きなので、モチーフにした」と模倣を認め、受賞を辞退。悪意はなく

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  • フィギュアを見て「技術か芸術か」について考えた - ohnosakiko’s blog

    オリンピックのフィギュア、堪能させて頂きました。この時期仕事が休みなので、家でリアルタイム観戦できるのが有り難い。これからまたNHKの特番で浅田真央&キム・ヨナの演技を見る。いったい何度目だ。何度見てもいいものだ。明日のエキシビションもとっても楽しみ。 ところで何かと話題の採点の話。採点方式によって、頑張って難易度の高い技を成功させている選手より、そこは手堅い線でやって表現で勝負している選手の方が高得点になっているらしく‥‥。 「感動できるんだったら何でもいいよ。美しいものが見たいだけ」的な無責任かつ大雑把な素人大衆目線で見ている私のような観客にとっては、迂闊に手出しのできない話題である。 オリンピックのフィギュアはバレエなどとは異なるスポーツ競技だから、技術点がもっと重要視されるべきだという話を聞けば、「そういうものかなぁ」と思うし。 見る側は自分の好みで点数には換算できない感動を味わえ

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  • すれ違い夫婦と『賢者の贈り物』 - ohnosakiko’s blog

    に内緒で借金 夫に告げずに預金…淀川の子3人殺害:ニュース:関西発:YOMIURI ONLINE(読売新聞) 夫婦すれ違いの悲劇 大阪市淀川区の住宅で1月、調理師浜田誠容疑者(42)が500万円の借金を苦に子3人を殺害し、無理心中を図った事件で、同容疑者宅には約2000万円の預金があったことが、大阪府警淀川署の調べでわかった。の早智子さん(42)が「子どもの学費に」と浜田容疑者に内緒で蓄えていたといい、同容疑者も借金をに打ち明けていなかった。事件発生から24日で1か月。夫婦の〈すれ違い〉が招いた痛ましい事件に、捜査員らはやり切れなさを募らせている。   (社会部 中田敦之) ※以下略 この記事で言う 〈すれ違い〉 は、夫が借金のことを相談せず、が夫に貯蓄していることを話していなかったという、「たまたま互いの事情を知らなかった」レベルだけを指しているようで、違和感がある。 な

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  • 「不道徳」な星の下に生まれついた私たちへ - ohnosakiko’s blog

    ※タイトルはこっちのコメントのやりとりからヒントを得ました(レタ田さん、ども!) はじめに、前回のエントリで「悪」という言葉を使ったら「何故ポルノが悪なんだ」「善悪で考えること自体がおかしい」といった意見がブコメなどで結構見られたので、再度(再々度)説明する。 引用元記事コメ欄で、ブログ主は「良心」という言葉を使っている。これは彼女の一連の主張の中核にある重要な言葉だ。「良心」を問うからには「善」と「悪」が想定されているはずなので、記事を書くにあたってその論法に乗った。フム、こう考えれば「悪」になるな、あえて「悪」としておくことが次で効いてくるんだな‥‥と読んで下さった人、ありがとう。エントリでなんとか回収を試みます。 この話の行き着く先は、性欲とは何か? 理性ある社会的人間と性欲や性愛との関係はどうなっているのか?という一点に集約されると私は考えている。 ここでは表現規制に賛成か反対か

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  • 「内心」は不自由だし、ポルノを楽しむのは「悪」だ - ohnosakiko’s blog

    アンドロイドの人権と神さまとセカンド・レイプ - はてこはだいたい家にいる 「内心の自由」を巡ってのコメント欄の混乱が、ブコメにも波及している。 「内心の自由」とはもともと、憲法19条の「思想及び良心の自由」を下支えする概念だ。戦前の国家の思想統制に対して出てきたもので、他者の人権に抵触しない限りにおいて最大限保障されるべきことになっている。 従って「内心の自由は保障されている」と言わねばならない局面とは主として、思想及び良心の自由が国家あるいはそれに準じる権力装置によって侵害されそうになった時だろうと思う。 冒頭で引いた記事及び一連の記事の内容は、ポルノの人権侵害と「良心」を巡る議論の一つである。レイプものなど被害者が見たら傷つくであろう性的ファンタジーを、語るだけでなく、楽しんでいることへの疑義が示されている。 一連の議論を追いかけている人ならわかるはずだが、最後の一文はAntiSep

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  • disり屋消毒が私をやたらと「レートを上げた女」にしているのだがどうしたものか。 - ohnosakiko’s blog

    堀井憲一郎の『若者殺しの時代』に言及しているAntiSepticさんの記事に突っ込んだ先日の続き記事2(これとこれ)に、人から反論をもらった。 大野左紀子は赤名リカである。プッw プププw - 消毒しましょ! これについて言いたいことは 東ラブ→やまとなでしこの見立てが単純過ぎ。レート上げよ(独身で仕事に邁進or共稼ぎ家事分担)→苦労→金に条件絞れ(新・専業主婦志向)だよ?/女はまとめて「バカ」だったとして男の問題に一切触れないのは何故 http://b.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20100505#bookmark-21292675 で殆どすべてだが、せっかくなので消毒風の絨毯爆撃方式でいってみる(横線の区切りは元記事に準じている)。 ● 売春だけが「性の商品化」などと思っている時点で既に話にならない そんなことは一言も書いてないのに「思っている」と決めつ

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  • ブコメにお返事 - ohnosakiko’s blog

    先日のこれが男の生きる道?- 上野千鶴子vs澁谷知美、‥‥‥そして橋治についたブックマークコメントのいくつかについてコメントを返したかったのですが、ブコメでは書ききれないので、エントリ立てました(追加あるかも)。再度のご意見などありましたら、当コメント欄に直接頂ければうれしいです。 http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20100117/1263733408 id:kmiura 家事を見事に搾取しているのが日のコンビニ文化だと思ったりする。自立のアウトソーシング、みたいな。 外産業もそうだということになるでしょうね。毎日コンビニ弁当やマックだと飽きるし栄養が偏るし、たぶん野菜不足で病気になり易くもなるでしょうが、それでも構わないという人に「自分で作れ」とは言えないです。でも、コンビニを利用したら「生活の自立」を果た

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  • 働くということ、あるいは盗んで食っちゃ寝 - ohnosakiko’s blog

    ※トラバ先の方のタイトルは「働くということ」だけになっています。なんか今いちものたりないなと思い、後で後半を加えたので(ごめんなさい)。 小飼弾「働かざるもの、飢えるべからず。」を読んで - phaニート日記 少し前に「ニート代表」としてテレビ出演もされたphaさんの記事。コメント欄がすごく賑わっており、ブクマのコメ率も非常に高く、さまざまな意見があって興味深い。トラバ記事も多数あり、すべては読んでいないので重複するかもしれないが、つらつら書いてみる。 「働かざるもの、うべからず」という言葉は調べてみると、レーニンが新約聖書のパウロの言葉を取って言ったものらしい。つまり当初は、労働者階級の立場から、のうのうと暮らしている特権階級を糾弾するフレーズだったのだ。それが、最近では逆に「弱者」に向けて、自己責任論などと結びつけて発せられる狭量な言葉となっている。皮肉な話ですね。 このフレーズに

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  • 『嗤う伊右衛門』に見る醜女の意地 - ohnosakiko’s blog

    北原みのりのエッセイが前提にしているであろうことを解説的に書いただけの先日の記事に、思いがけず100もブクマがついてびっくりだ。美人だブスだという話になるとムズムズする人が多いのだなぁと思いました(っておまいさんがその筆頭だがな)。 「男に比べて圧倒的に女の方が容姿を云々されてきた。明らかに非対称性がある。女は男に比べて、美しいかそうでないかに敏感にならざるを得ない傾向がある」というのは、幸か不幸か厳然たる事実である。しかしそれを改めて指摘すると、「世の男性はそんなに女性を外見で選んでるかなぁ」とか「一部の男の声が大きいだけ」とか「容姿を必死で気にする人は美しく見えない」という意見が必ず出てくる。 では、それをもって厳然たる事実が覆されるのか? と言えば、されない。だから突っ込みとしての意味はあまりないんじゃないかと思うわけです。あ、一言言いたい気持ちはよくわかります。*1 世の中の男性の

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  • 「ブスなのに何故」問題 - ohnosakiko’s blog

    北原みのり|よしもとばなな よしもとばななの容姿をめぐる自意識についての、北原みのりと友人のBさんの会話がCさんを"誤爆"してしまい、大変なことになったという話。 以下は、例の居酒屋ワイン事件についての「勘違い」エッセイに驚いたという下りの続きの部分。 いやー、よしもとばなな、すごいね。 その安定感は、やはり、父親の名前が大きいからなの? というようなことを私が言うと、その場にいた女友だち(仮にBさんとします)がすかさず、 「そういう人なんですよ。よしもとばなな。前にエトロのパーティで、全身エトロを着て・・・ええ、もちろん、全く似合っていないんですけど、ピーコのファッションチェックを満面の笑みで受けてたことがありますよ」 と言うのである。なるほど、作家に必要なのは客観的に自分を観る力ではなく、自分に酔える力だ。妄想力だ。よしもとばななの自己肯定感は、父にそっくりな容姿を得た故なのか、それと

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  • 「ジェンダー入門」とネトウヨ君 - Ohnoblog 2

    また何年か前の話だが、「ジェンダー入門」の授業の単位認定レポートに、こちらの指定した課題(自分で映画を選び分析する)を無視して、攻撃と怒りと恫喝を延々と書き連ねてきた男子学生がいた。 内容を超要約すると、「フェミニズム及びジェンダー論は、フェミナチが日を共産主義化して乗っ取るためにでっち上げた陰謀である。男女の役割はすべて生物学的に決定されているのに、フェミナチは性差そのものをなくそうとしている。こうした危険思想の下に講義をしている大野は、憲法が保証する思想・信条の自由を侵犯しているので、告訴することも可能である」。 いや、あの思わず笑った人はいるかもしれないけど、当にこういう内容だったのです。だいぶん前からあちこちで見られるネトウヨ的言説を、適当にコラージュしたみたいな。botが書いたかと思ったが手書きだ。 ちなみに冒頭には「皇紀○○○○年」とあった。この牧歌的な学校にもこういう学生

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  • 赤名リカとAV女優、ヘアヌードが「破壊」したもの、「破壊」できなかったもの - その2 - ohnosakiko’s blog

    赤名リカとAV、ヘアヌードが「破壊」したもの、「破壊」できなかったもの - その1 の続きです。 1991年 ラブストーリーを見て女子が勝手に恋愛レートを上げた 1991年 そのぶん男子のためのヘアヌードが安くなった 実に分かりやすい。「恋愛」は結婚と同義に捉えてよい。「ヘアヌード」は広く売春を指す。何らかの形で性を売り物にして一過性の対価を得る行為すべてだ。対価を男に支払わせるための方策として結婚と売春は並立している。片方の市場が高騰したので、弾き出された参加者が大量に移動した結果、他方が暴落したのである。暴落と言っても直接に支払う金額が下落したのではない。来は登録されなかった筈の銘柄が購入できるようになったという形で暴落したのだ。それが「ある日とつぜん、綺麗な女の子たちが、アダルトビデオに出るようになってくれた」理由である。 結局、結婚を諦めた女は身を売るしかないという悲しい現実が端

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  • 赤名リカとAV女優、ヘアヌードが「破壊」したもの、「破壊」できなかったもの - その1 - ohnosakiko’s blog

    なぜ「ある日とつぜん、綺麗な女の子たちが、アダルトビデオに出るようになってくれた」のか。 - 消毒しましょ! これに乗っかって書くとまた「大野さんはオレのエントリが珍しくブクマ数を稼ぐと、自分は綺麗な女の子ともアダルトビデオとも全く無関係であるのに大喜びで駆けつけて自分のエントリの宣伝を始める」とか言われそうで厭なのだが、『東京ラブストーリー』を初めとしたドラマ分析を「面白いけど長過ぎる」と編集者にバッサリ切られて臍を噛んだ覚えのある者としては、一言(以上)言いたいことがあるので書かざるを得ない。長くなるので二回に分ける。 主に80年代を検証する『若者殺しの時代』(堀井憲一郎、講談社現代新書、2006)は、20〜30代の若い世代にとっては「なるほど、そういうことだったんだ」といった発見がたくさんあって面白いだろう。私などは58年生まれの著者と同世代なので、「ああそうだったな」「うわ懐かしい

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    sizukanayoru
    sizukanayoru 2010/06/23
    "『東京ラブストーリー』は一言で言えば、ジェンダー規範に違和感を覚えそれに抵抗しようとする女(リカ)が、規範を内面化した女(さとみ)に敗北する物語である。"