井出孫六と『アトラス伝説』 地図は国家なり──。 精密な地図は国家の機密事項に属し、ときには人々に重大な犠牲を強いることがある。明治時代の地図にまつわる「黄遵憲(こうじゅんけん)事件」は、時代の大変革期に起きた謎の事件のひとつで、追跡調査した作品を発表したのは作家でルポライターの井出孫六だった。その実録が『明治・取材の旅 黄遵憲事件覚書』(現代史出版会、1986年)に収められている。 「黄遵憲事件」とは、1881年(明治14年)、駐日清国公使館の依頼を受けた日本陸軍参謀本部地図課が日本地図を製作し、それが発覚して多数の関係者が逮捕され、4人の自殺者が出た事件である。 奇妙なことに、その日本地図はすでに市販されていて国家機密には当たらず、金銭の授受があった事実も問題視されなかった。それどころか事件は極秘に処理され、長年にわたって「謎の事件」とされてきた。 もっとも、井出孫六が当初書いたのは『