戦後の日本文化の担い手は社会の中間層だとする「中間文化論」で知られる社会学者で評論家の加藤秀俊さんが、先月、病気のために亡くなりました。93歳でした。 加藤秀俊さんは1930年、東京生まれで一橋大学に在学中、哲学者の鶴見俊輔さんらが立ち上げた研究会に参加して評論活動を行いました。 卒業後、京都大学で助手をしていた26歳の時に戦後の日本文化の担い手はサラリーマンなど社会の中間層だとする「中間文化論」を発表し、注目を集めました。 フィールドワークを通した徹底的な現場主義と政治や社会、歴史・文化に至るまでわかりやすく論じる文章が特徴で「整理学」や「取材学」「独学のすすめ」など多数の著書を発表しました。 また、学習院大学の教授などを歴任したほか国際交流基金日本語国際センターの所長も務めました。 著書を多数出版した中央公論新社によりますと、加藤さんは先月20日の夜、都内の病院で病気のため93歳で亡く
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