台湾南端の鵝鑾鼻(がらんび)岬からフィリピン領バタン(バシー)諸島との間にある海峡をバシー海峡という。黒潮が流れるこの海峡は、かつて輸送船の墓場と呼ばれていた。太平洋戦争後半には、この海峡にアメリカ軍の潜水艦が多数配備されており、南方の戦線に送られる日本軍の輸送船団に忍び寄り、その牙をむいた。この海峡で10万人以上の日本人が犠牲になったという。このことをいったいどれだけの日本人が知っているのだろうか。今もこの海峡の底には、祖国に帰る事がかなわなかった多くの日本人の無念の思いが、その御霊と共に眠っている。 本書はこのバシー海峡を彷徨いながら、九死に一生を得た元独立歩兵第十三連隊、第二大隊の通信兵、中嶋秀次と、この海峡で戦死した柳瀬千尋、そしてその兄で『アンパンマン』の作者、やなせたかしを中心に、その生と死、そして戦後を綴ったノンフィクションだ。 1944(昭和19)年8月19日午前4時50分