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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (6)

  • 儀式を無効にする方途 - 傘をひらいて、空を

    よんどころない理由で、あるいはあまりに複合的な問題を抱えていてひとつずつ解決しようと思うと気が遠くなるというような理由で、彼らは離別に合意した。彼らはともに五年を過ごし、五年かけて互いを新鮮に感じることがなくなり、また五年分の若さをうしなった。それらは彼らが問題に立ち向かうだけの気力を最後の一滴までしぼりとった。彼らは困難に打ち勝って関係性を維持するだけの情熱をうしなったのだし、それこそが離別の原因なのだから、ひとことで「飽きたから別れた」と言ってもかまわないと、彼女は思った。 彼らはすっぱりと別れて二度と連絡しないという選択ができなかった。彼らはたがいの存在に慣れすぎていた。彼らにもはや情熱はなく、しかし相手にまつわる大量の習慣を持っており、別れたらそれをひとつひとつ組み替えていかなければならないのだった。 ひと月も経つと彼女はそのことにうっすらと気づきはじめた。彼は気づかず、ただ感じて

    儀式を無効にする方途 - 傘をひらいて、空を
  • ひっくり返って腹を見せてよ - 傘をひらいて、空を

    僕は犬になることにしたよと彼は言った。そうかいと私はこたえた。犬はいやなんじゃなかったの。いやだよと彼は言う。いやだけどしかたない。そうしないと、彼女はこっちを見てくれないからね。 彼は半年前から取引先の女性にひどく心を惹かれて、いろいろとがんばっていた。でも彼女には恋人がいて、ほのめかしや遠まわしな口説きではぜんぜん効果がないのだった。だから直截にお願いするしかないと彼は決意した。ひっくり返って腹を見せる犬みたいに愛を乞うしかないと。幸いその他の人間関係は交錯していないので自分がみじめになる以外の損害はたぶんない。 でもそういう相手って犬になってもだいたいだめなんじゃないかなと私は警告した。その気があったら察した段階でしかるべき反応を示すものでしょう。反応がないんだったら無駄犬に終わる可能性が高い。そのように察するのがいい年をした大人のコミュニケーション作法というものです。 作法なんか犬

    ひっくり返って腹を見せてよ - 傘をひらいて、空を
  • 幸福な猿と親切な猿回し - 傘をひらいて、空を

    うちのポールはだめだ、なんの意外性もない。彼女がそんなふうにこぼすので私は笑う。ポールは彼女の新しい同僚で、彼女の会社が外資系の会社と吸収にかぎりなく近い合併をしたのでやってきた社員のひとりだ。ポールはアフリカアメリカ人で、彼女の隣の席に座っている。彼らはやや特殊な専門職であり、ふだんの勤務は私服でかまわない。ポールはリーバイスをはく。ポールはコークをのむ。ときどきペプシをのむ。それからやはりコークがいいと言う。 まあまあと私は彼女をなだめ、いい人そうじゃんと言う。彼女はうんざりしたように、ああいい人だよとこたえる。こないだなんかスティーブ・ジョブズに関するを読んで「zenに興味を持った」って真顔で言う、そのがさ、禅をキーワードにジョブズのプレゼン技術を語るなわけ。ああもう、どこまで、ステレオタイプなの。私はげらげら笑い、私その人のこと、わりと好きだな、と言った。私もまあ嫌いじゃな

    幸福な猿と親切な猿回し - 傘をひらいて、空を
  • 彼の殺された恋人 - 傘をひらいて、空を

    玲子さんはお元気と訊くと彼は意図して視線を固定している人の顔になり、元気だったよとこたえた。元気だったよ、先週はね。私は彼を見る。それから質問を重ねる。別れたの。彼はたのしそうに笑って、いいね、と言う。サヤカはどうしてそんなに話が早いのかな、早いということばにいちばん似合わない愚鈍な人なのに。 彼の恋人は玲子さんといって、もう七年一緒にいるのだった。違う。いたのだった。私が玲子さんに会ったのは三度きりだ。薄い眉の、瓜実顔の、こめかみに流れる奥二重を短い睫毛でびっしり縁どったきれいな人で、髪をいつもお河童にしていた。小さい爪は顔と同じかたちをしていた。根元の白い三日月の透けて見える桜色のエナメルをつけて、彼のそばにいた。 彼は私の古い友人で、会ったことのない彼の親族よりも玲子さんはずっと、彼の家族だった。私にはそうだった。彼らは同じ会社に勤めていた。好きな人ができましたと玲子さんは彼に言った

    彼の殺された恋人 - 傘をひらいて、空を
    ziglar
    ziglar 2012/01/12
    ざっくり来た。
  • 憎しみを捨てる - 傘をひらいて、空を

    うちの男の子がねと彼女は言う。彼女には三歳の男の子がいるけれど、その子のことはそう呼ばない。武生がね、と言う。うちの女の子、というときも同じだ。彼女に娘はいない。うちの男の子がね、同期が結婚しちゃってつらいみたいで、ああその同期の女の子を好きだったわけ、だいぶがんばって、でも学生時代からの彼氏に勝てなかったみたい、それで、殴る夢を見るというの。 彼女の話はよく跳躍するので私は好きだ。少しわかりにくいけれど、速度の感覚がある。わかりやすさなんかたいしたものではない。わかりやすさのために話を聞くのではない。快さのために聞くのだ。 その好きな人を殴る夢を見る部下って、よく相談に来るの。私がそう訊くと彼女は首をかしげる。ほかの子はいろいろ相談してくるけどあの子はしないな、でも今回は、なんていうのかしら、まだ仕事に支障は出てないんだけど、たぶん持ち帰ってどうにかしてるんじゃないかと思うんだけど、半分

    憎しみを捨てる - 傘をひらいて、空を
    ziglar
    ziglar 2011/12/18
    消すことはできない。しかし、折り合いをつけることはできる。
  • 大丈夫って言いたくなかった - 傘をひらいて、空を

    ゆうべも揺れたねと彼女は言った。ねー、怖かったあ、と私はこたえた。眠ってても揺れた気がして起きちゃうし、ほんと、つらい。 彼女は一瞬の、ずいぶんと重量のある沈黙ののち、表情のない声を出した。サヤカあなたなんでそんな簡単につらいって言えるの。私はいささか仰天してとりあえず謝った。彼女はひゅっと音をたてて息を吸い、無表情のままそれを少しずつ吐き、ううん、謝ることないの、と言った。 大丈夫ってみんな訊くでしょう。彼女は言う。地震直後は、それがうれしかった。会社から歩いて家に着いて、家族もけがしてなくて、とてもほっとして、よろこんで返事した。でも地震が続いて、電気が止まって、仕事にも少しずつ支障が出てきて、買いにくいものがあって、みんな、また訊いてくれるの。心配して声かけて、メールをくれる。大丈夫って私、言う、メールを書く、大丈夫平気大丈夫です大丈夫です大丈夫です、 私はおろおろしてカフェの椅子を

    大丈夫って言いたくなかった - 傘をひらいて、空を
    ziglar
    ziglar 2011/03/26
    自分がしんどく感じているときは、まずそのことを自覚しないと、「わけのわからない塊のようなもの」を抱え込んだまま、身動きがとれなくなってしまう。乗り越えるためには、まず自覚しなければ。
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