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石川迪夫「危険を唱える人が引退したから、事故が起きた」という本音を、重く受け止めるべき理由 : 座間宮ガレイの世界
タイトルは石川迪夫の発言の意訳です。実際の朝まで生テレビでの発言を、後述しています。非常に長いエ... タイトルは石川迪夫の発言の意訳です。実際の朝まで生テレビでの発言を、後述しています。非常に長いエントリーですが、このエントリーで何を言いたいかといいますと、専門分野の人は声を上げ続けるべきだという大変シンプルなことです。しつこく、そして、うるさく。 1954年第五福竜丸被曝事件後 1986年チェルノブイリ原発事故後 2011年福島原発事故後 今回の前に一番近いところで申しますと、1986年のチェルノブイリ事故以降に反原発は盛り上がりました。1988年の朝まで生テレビでは「原発」をテーマにして2回行なわれています。その後3回目が行なわれたのは、2011年4月。そう原発事故が起きたあとです。この間、原発は朝まで生テレビでさえも取り上げてこなかったわけです。この間に日本の原発運営は大きく変わっています。悪い方向に。それはさておき。 1988年第1回の「原発」は、今見ると非常に興味深いものです。推
2011/06/02 リンク