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余震の中で新聞を作る23〜相馬・南相馬へ/種まく人
「紹介したい人がいる。農家の仲間なんだ」。南相馬市原町区太田の市議・農業奥村健郎さん(54)(余... 「紹介したい人がいる。農家の仲間なんだ」。南相馬市原町区太田の市議・農業奥村健郎さん(54)(余震の中で新聞を作る22回参照)からのお話で、同僚の写真記者と萱浜地区(かいばま)を訪ねたのは5月1日でした。 福島第1原発から20キロ圏のすぐ外にあるJR磐城太田駅から、北東に約3キロの海岸部。約束の時間は午前8時です。南下してきた自衛隊の車列の後に続いて国道6号を左に折れると、間もなく周囲の様子が変わりました。 がれきやごみが散乱する田畑、道路脇の漁船、半壊した家々が現れ、背の高い防風林を縫って浜近くに出ると、そこは、ほとんど何もない荒れ野の風景。70戸あると聞いた集落は、津波で消えていました。 車を止めて目に入ったものは、たった1軒、北外れに半壊の姿で残った大きな日本家屋と、その前に並んだ自衛隊車両、行方不明者の情報が貼られた掲示板、その脇に立てられた鯉のぼりでした。掲示板には、「あき
2011/05/23 リンク