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《「麒麟がくる」最終回へ》「本能寺の変」の夜に月は出ていたか 日本人が忘れた“テロと月の関係” | 文春オンライン
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《「麒麟がくる」最終回へ》「本能寺の変」の夜に月は出ていたか 日本人が忘れた“テロと月の関係” | 文春オンライン
六月一日の夕刻、丹波の亀山城を発った明智光秀軍は、深夜に行軍し夜明け前に京都の本能寺にたどりつく... 六月一日の夕刻、丹波の亀山城を発った明智光秀軍は、深夜に行軍し夜明け前に京都の本能寺にたどりつく。攻め立てられて織田信長は死ぬ。 明智軍の感覚としては、六月一日の夕方から行動を始めて、夜のあいだに一気に信長を殺すまでつき進んだから、ほぼ一日の出来事としてとらえているだろう。 丹波の亀山城はいまのJR亀岡駅の近くにある。(亀岡にある亀山なので少しややこしい) 本能寺まで直線距離で15キロほど、すこし道をまわるから歩いたのは20キロ足らずというところだろう。 いまだと山陰本線(嵯峨野線)の亀岡駅から二条駅まで各停で7駅19分(快速だと14分)、二条駅から本能寺までは1キロほどである。そんなに遠い距離ではない。東京でいえば、蒲田の城を出て池袋の寺を襲う、というほどの見当だ。 明智軍は織田信長側に謀反を知られてはいけないので、深夜、暗闇のなかを大軍で移動した。六月一日の深夜だから、真っ暗である。

