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「食べ物の恨みは嘘だった」有名歌舞伎俳優一家5人を殺害⋯22歳・作家見習いの男の『真の殺害動機』(昭和21年の事件) | 文春オンライン
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「食べ物の恨みは嘘だった」有名歌舞伎俳優一家5人を殺害⋯22歳・作家見習いの男の『真の殺害動機』(昭和21年の事件) | 文春オンライン
「食べ物の恨み」――そう語られてきた動機は、嘘だった。 歌舞伎界の名優一家5人を殺害した22歳の男。逮... 「食べ物の恨み」――そう語られてきた動機は、嘘だった。 歌舞伎界の名優一家5人を殺害した22歳の男。逮捕後、彼は犯行理由を「食事への不満」と供述するが、その裏にはまったく別の事情が隠されていた。 なぜ男は嘘をついたのか。そして本当の動機とは何だったのか――。鉄人社の文庫新刊『戦後まもない日本で起きた30の怖い事件』よりお届けする。(全2回の2回目/最初から読む) ◆◆◆ 歌舞伎界のスターを殺害した男 飯田は1923年(大正12年)、東京・浅草で生まれた。商業高校を卒業後、大阪へ養子に行き岸本姓から飯田姓に。終戦後の1945年9月末、徴用解除となって北海道の空知炭坑から復員してきたが、浅草の自宅は戦災に遭い、妹のまき子以外は全員死亡。 まき子は亡き父親が仁左衛門の座付作者だったことから仁左衛門宅で住み込みの子守として働いており、それをきっかけに飯田も父の跡を継ぎたいと同家に座付作者として住み

