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清原和博に前田智徳、土井正博。「無冠の帝王」に漂うダンディズム。(広尾晃)
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清原和博に前田智徳、土井正博。「無冠の帝王」に漂うダンディズム。(広尾晃)
筆者が小さいころから格好いいな、と思っている言葉に「無冠の帝王」がある。 実力はあるが栄誉には恵ま... 筆者が小さいころから格好いいな、と思っている言葉に「無冠の帝王」がある。 実力はあるが栄誉には恵まれない才人、あるいは隠然たる力を有しながら、表舞台には立たない実力者、という感じか。筆者もかくありたいと思うが、今のところ「無冠の平民」ではある。 この言葉、民主主義を守るために権力に屈しない言論機関の記者のことだともいう。またサラリーマンの世界でも、実力も人望もありながら世渡りが下手で、上に取り入ることができず、部長どまりで取締役になれないような人が「無冠の帝王」と言われたりする。 ADVERTISEMENT この言葉が広まったのは、プロ野球からだろう。プロ野球でいう「無冠の帝王」とは、十分な実力を有していながら、タイトルや表彰に縁がない選手を言う。 この表現、主として打者に使われる。その多くは同時代に強打者がひしめいていて、レベルの高い成績を挙げても僅差でタイトルを逃がすために、無冠のまま

