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「当時から三笘と旗手はずば抜けていました」上田綺世にとっての“代表”と控えめな自己評価のワケ「僕は井の中の蛙でしかない」(寺野典子)
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「当時から三笘と旗手はずば抜けていました」上田綺世にとっての“代表”と控えめな自己評価のワケ「僕は井の中の蛙でしかない」(寺野典子)
鹿島アントラーズのジュニアユースからユースへ昇格できなかったが、法政大学時代には東京五輪を目指すU... 鹿島アントラーズのジュニアユースからユースへ昇格できなかったが、法政大学時代には東京五輪を目指すU-20日本代表に選ばれ、2019年夏には東京五輪世代中心のA代表としてコパアメリカにも出場。そしてその後、鹿島アントラーズでプロデビューした上田綺世。2年連続の二桁ゴールで鹿島のエースとなった23歳が思い描く「理想のFW像」とは(全2回の後編/前編へ)。 上田が子どものころから、ひとつひとつのことをかみ砕き、思考して、論理的に消化することを成長の糧としてきたのは、体の小ささも影響していたに違いない。けれど、鹿島学園で過ごした高校時代に成長期を迎えても、そのスタイルに変化はなかった。 「感覚でプレーできるなら、それでいいと思うんです。でも僕はそういう選手じゃなかった。今は身体能力もあるほうで、体も小さくないし、弱くもない。だから、なんとなく感覚でやれちゃうんだろうなと思われるんですけど、実際の僕

