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日本人の私が、李登輝の秘書になったワケ
前回は、李登輝の日本人秘書たる私が日頃どういった仕事をしているのかをお話しした。今回は、李登輝総... 前回は、李登輝の日本人秘書たる私が日頃どういった仕事をしているのかをお話しした。今回は、李登輝総統と出会い、秘書として仕えることになった経緯をご紹介したい。実は、「いつもどんな仕事をしているのか?」という質問と同じくらいよく聞かれるのが、「なぜ李登輝の秘書になれたのか?」というものだ。それにはまず、そもそも私自身がなぜ台湾と縁が出来たのかについてお話ししなければならない。 私の運命を変えた「おばあちゃん」 初めて台湾を訪れたのは2002年9月。大学の卒業旅行に、親友と誘い合わせたのが始まりだった。とはいえ、当初から台湾に関心があったわけではない。むしろ台湾に関する知識は皆無と言っていい。行き先を台湾に決めたのも、以前お土産でもらったジャスミン茶が美味しかったから、という程度のものだ。 前半はガイドブックに載っているような観光地巡りをして、夜市を楽しむなどして過ごしたが、9日間ある日程の半分