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[増田戦国史]20:増田の大望
最後まで主体性をたもって生き残った二つの増田家。 増田典厩の尽力により、その当主会談が旧増田領(六... 最後まで主体性をたもって生き残った二つの増田家。 増田典厩の尽力により、その当主会談が旧増田領(六)で開催される運びとなった。 二人はそれぞれ供をひとりだけ連れて、竹林にしつらえられた厠の中へ入る。 帯を解くと、コの字型に並べられた便器にむきあう形で腰掛けた。 「見事な海綿じゃのう」 増田匿兵衛があたりさわりなく厠の設備を褒めた。 増田家(四)が用意した厠には天窓から竹林を通した光が入り、ほのかに緑色づいて見えた。風も緑に香る。 尻の下から聞こえるせせらぎは大きすぎず小さすぎず、意識をリラックスさせてくれる。 自然石のモザイクでヘクソカズラやイヌノフグリなど、野草の絵が壁に描かれ、密室でありながら開放感を演出していた。 遙か西から伝わった公共トイレの文化が増田島で洗練を極めた結果うまれた「便道」、その粋を凝らした厠と言えた。 便道は権力者にとって便利であり、内密の話をするため多用された。
2016/06/20 リンク