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もうちょっと - finalventの日記
加藤典洋の「敗戦後論」が、まあ、一見重要な提起に見えて、結果的にはあっさり失敗してしまったかもし... 加藤典洋の「敗戦後論」が、まあ、一見重要な提起に見えて、結果的にはあっさり失敗してしまったかもしれないのは、「自国の戦死者を先に追悼する」という「先」もだが、追悼するのなかに、微妙に招魂思想的なナショナリズムの緩和な維持装置になってしまう点ではないか。 緩和というなら、靖国はダメだがフランス風の国家追悼(宗教的)施設ならよいとかもある。ただ、それで現実的な解答かとも思うが、根の問題は、いずれ解決はしないだろう。 加藤が提出した問題で、加藤も意識していただろうが、「自国の戦死者」というとき、自国は加害者でありそれで殺された人はどうか、というのは出てくる。もちろん、加藤もそれを考え抜いて先の命題になっているのだが、このあたりも議論としては、循環するし、ちょっとメタ的に考えるなら、他国の被害者を追悼する=自国の加害意識を永遠に国家に結びつけて保持せよ、というのも、実際には、追悼と同じような宗教的
2009/05/06 リンク