エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
日米開戦「自衛のためにはやむなし」という認識はなぜ生まれたのか?(森山 優)
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
日米開戦「自衛のためにはやむなし」という認識はなぜ生まれたのか?(森山 優)
日本がアメリカとの戦争に踏み切るのは、「自存自衛」のためにやむを得ない……。少なくとも当時の指導者... 日本がアメリカとの戦争に踏み切るのは、「自存自衛」のためにやむを得ない……。少なくとも当時の指導者層はそう認識し、国民もまたその説明に納得していた。 しかしこの「自存自衛」という認識は、いったいいつつくられたのか。そして、これが脅かされれば戦争に訴える理由になり得ると、開戦を決意した政府や軍の当事者たちは本気で考えていたのだろうか。 日・米・英の情報戦と政策決定の実態を丁寧に追い、日米戦争の謎に迫った話題作『日米開戦と情報戦』よりその一部を特別に紹介します。(前回はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/50527) 「自存自衛」の起源 「自存自衛」が正式な「国策」として明記されたのは、大本営陸海軍部が1941年6月6日に決定した「対南方施策要綱」においてであった。 この「対南方施策要綱」は、政府に提案する前に、陸海軍のあいだで決定されたものである(結局、この「国