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承認欲求がインフレした「総芸能人社会」と「ポピュリズム」の深すぎる関係(杉田 俊介) @gendai_biz
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承認欲求がインフレした「総芸能人社会」と「ポピュリズム」の深すぎる関係(杉田 俊介) @gendai_biz
芸能人(的な存在)が政治性に覚醒する一方で、政治の側は不気味な「芸能性」を帯びているように見えま... 芸能人(的な存在)が政治性に覚醒する一方で、政治の側は不気味な「芸能性」を帯びているように見えます。モリカケ問題をめぐる国会でのやり取り(いわゆる「ご飯論法」))に象徴されるように、もう何年ものあいだ、すっかり、この国の政治家や官僚の答弁やパフォーマンスは、出来の悪いコントや漫才のようであり、ナンセンスなブラックユーモアのようにすら感じられてしまいます。私たちはそれにすっかり慣れ切ったようですらあります。 ダークヒーローたちの登場 零落した芸人・芸能人(それに類する脱落感を抱えた人間)の一部が権力を持った存在になり、人々を動員しようと試みる一方で、別の場所では「脱落した状態」のまま、承認への欲望を肥大化させ、空転させ、暴走し、そのことによって権力とつながろうとするような例も頻繁に見られました。 たとえば相模原の障害者施設で一九人を殺傷した植松聖青年もまた、劇場型犯罪者にして、ポピュリスト的