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「忘却が原爆肯定へと流れることを恐れる」長崎平和宣言、鈴木市長 | 毎日新聞
「長崎平和宣言」を読みあげる鈴木史朗・長崎市長=長崎市で2023年8月9日午前11時5分、徳野仁子撮影 米... 「長崎平和宣言」を読みあげる鈴木史朗・長崎市長=長崎市で2023年8月9日午前11時5分、徳野仁子撮影 米軍による長崎への原爆投下から78年となった9日、長崎市の「出島メッセ長崎」で市主催の平和祈念式典が開かれた。4月に就任した鈴木史朗市長が読み上げた「長崎平和宣言」は次の通り。 「突然、背後から虹のような光が目に映り、強烈な爆風で吹き飛ばされ、道路に叩(たた)きつけられました。背中に手を当てると、着ていた物は何もなく、ヌルヌルと焼けただれた皮膚がべっとり付いてきました。3年7カ月の病院生活、そのうちの1年9カ月は背中一面大火傷(やけど)のため、うつ伏(ぶ)せのままで死の淵をさまよいました。私の胸は床擦れで骨まで腐りました。今でも胸は深くえぐり取ったようになり、肋骨(ろっこつ)の間から心臓の動いているのが見えます」 これは16歳で被爆し、背中に真っ赤な大火傷を負った谷口稜曄(すみてる)さん
2023/10/03 リンク