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自らの意識を実態のないものと捉える ──発達障害と般若心経 - 放言録
般若心経が説いている内容は真理だ。真理であるというのは、そこに価値判断は伴わない、ということであ... 般若心経が説いている内容は真理だ。真理であるというのは、そこに価値判断は伴わない、ということである。 般若心経はあらゆるものが「空」であり「無」であると説く。これはともするとネガティブな意味に取られがちだ。生きることは無駄なことであると。しかしそれは一面的な解釈でしかないように思う。すべてのものが「空」であったり「無」であるということは、それが無駄であることとは違う。前者は真理であり、後者は価値判断である。 この世のすべては実態がないものであるからこそ、何かを恐ることもなく、自由に生きていくことができるとも解釈できる。生きることに絶対的な意味があるとするならば、これほど窮屈なことはないと思う。 般若心経の説く、すべては実態のないものであるというのは真理である。そうであるがゆえに、人はそこにどのような生き方をも投影することができる。 この真理は発達障害者を解放するものであると僕は信ずる。 般
2011/12/29 リンク