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シャルル禿頭王、カール肥満王……なぜ中世ヨーロッパにはあだ名が多いのか?を解き明かした『あだ名で読む中世史』 - 明晰夢工房
中世ヨーロッパは「あだ名文化」の時代だった あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意... 中世ヨーロッパは「あだ名文化」の時代だった あだ名で読む中世史―ヨーロッパ王侯貴族の名づけと家門意識をさかのぼる 作者: 岡地稔 出版社/メーカー: 八坂書房 発売日: 2018/01/25 メディア: 単行本 この商品を含むブログを見る 中世ヨーロッパとは、「あだ名文化」のさかんな時期でもありました。多少なりとも中世ヨーロパ史に関心を持つ人なら、フリードリヒ・バルバロッサ(赤髭)、フィリップ剛勇公、ルイ敬虔王などの名前を耳にしたことがあるはずです。ドイツの作家ラインハルト・レーベの著作『シャルル禿頭王は本当にハゲだったのか──歴史上のあだ名、そしてその背後にあるもの』には363人の歴史上の人物が登場しますが、このうち296人が中世ヨーロッパの人物なのです。 こうした王侯貴族のあだ名文化は、実はヨーロッパでは8世紀以前はほとんど存在せず、9世紀末から10世紀初めころに形成されてきたものです
2018/05/05 リンク