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仲町遺跡
わが国の土木技術に関しては、古代よりすぐれた文化遺産を遺していますが、一方の石造技術についても古... わが国の土木技術に関しては、古代よりすぐれた文化遺産を遺していますが、一方の石造技術についても古墳の石室や城の石垣等に注目すべきものがたくさんあります。その点で、河原石を適宜に配した縄文時代の配石遺構は、わが国の歴史上に最初に出現した石造記念物といえます。 麻生区片平の公園内に保存されている仲町(なかまち)遺跡もその一つです。 この遺跡は、昭和45年(1970)に発掘調査されたもので、それは半地下式の竪穴(たてあな)の床面(ゆかめん)に扁平な河原石を敷き詰めた住まいの跡でした。その平面形は、直径4mほどをはかる円形の居住部分に菱形の張り出し部(出入り口)がついたもので、平面形が近世の和鏡・柄鏡(えかがみ)に類似しているところから、考古学的には柄鏡形住居跡と呼んでいます。住居がつくられた時期は、発見された土器から判断して、縄文時代中期末の今から4,000年ぐらい前と推測されています。 住居内