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内藤九段「私の詰め将棋は音楽的な要素が強い」 出題重ねて55年、残した言葉の数々
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内藤九段「私の詰め将棋は音楽的な要素が強い」 出題重ねて55年、残した言葉の数々
将棋の内藤國雄九段(83)=兵庫県西宮市=が、本紙で55年間出題し続けてきた詰め将棋コーナーを今... 将棋の内藤國雄九段(83)=兵庫県西宮市=が、本紙で55年間出題し続けてきた詰め将棋コーナーを今月末で引退する。詰め将棋に関する語録を紹介する。(括弧内は出典) ◇十歳ぐらいの少年には、どの詰将棋も難問だった。兄たちにきけば教えてくれただろうが、私は絶対に教わらなかった。宝庫をひとに荒らされるのがイヤだった。厚いカベを少年の小さな弱い手でたたいていた。苦痛ではなかった。妙手を発見したときのおどりあがるような快感にくらべれば、少々の苦しみなどはなんともなかった。(自在流「先を読む」法) ◆自分は十代の弱い弱いときに伊藤看寿の詰将棋を見て感動することができた。そこだけは才能があったのかなと思う。伊藤看寿と宗看の詰将棋は、ベートーベンやモーツアルトの曲みたいなもんです。いつまで経っても古くならないし、将棋の面白さの原点がある。(内藤國雄のすべて) ◇棋士にとって余技ともいうべき詰将棋が、私の場合