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【話の肖像画】山形弁研究家、ダニエル・カール(3)方言は教えるためのツール(1/2ページ)
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【話の肖像画】山形弁研究家、ダニエル・カール(3)方言は教えるためのツール(1/2ページ)
<タレント活動のきっかけは山形弁だった。大学を卒業後、山形で史上初の文部省(当時)の英語指導主事... <タレント活動のきっかけは山形弁だった。大学を卒業後、山形で史上初の文部省(当時)の英語指導主事助手として3年間、山形で過ごす> 山形着任は偶然でしたが、運が良かった。だって、山形は全国で一番いいところだから。温泉が各市町村にあるし、山が清くて、おなご(女性)がもち肌で美人が多い。これ言うと受ける。特に山形では。 (当時の)44市町村、210校全てオラのもんだった。山形市内の2千人規模の学校から、山奥の生徒数が5人しかいない学校までまわりました。女房も英語の先生でした。目が合ってね、かわいいなと思って。24歳の時、米沢市の上杉神社で式を挙げて結婚しました。女房は姉さん女房です。これ、言ったら怒られるんですけど。でも、僕より若く見えます。 山形弁はとけ込むため。標準語ばかり話すと緊張させてしまう。外から来ているんだ、きちんとせねば、となる。 (当時、子供たちから)サインを求められたぐらいです