エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント39件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
【断層】呉智英 それ、いつの時代の話? - MSN産経ニュース
何年か前になるが、人気女流作家桐野夏生の『グロテスク』を読んで、評判倒れのつまらない小説だと思っ... 何年か前になるが、人気女流作家桐野夏生の『グロテスク』を読んで、評判倒れのつまらない小説だと思った。話が長いだけで内容は凡庸、その上日本語がしばしば間違っている。これを読んだのは、辛口の文芸評論家福田和也が絶賛していたからだが、どうも福田は美人には大甘のようだ。もう桐野なんか読まんぞと思っていたが、たまたま「週刊新潮」三月五日号を手に取ると桐野が『ナニカアル』を連載中だ。ざっと読んだが、これが前にもましてひどい。 『ナニカアル』の主人公は小説家林芙美子。時代は昭和十七年、戦時中だ。林はこう独言を言う。「誰かが起き出して来たら、トイレに行く、と言うしかなかった」。少し後で、一夜の恋人酒井も「トイレに行って、帰って来た振りをして」と、これははっきり声に出して言う。 昭和十七年に「トイレ」なんて言葉があったか。便所、御不浄、手洗い、だろう。英語は敵性語だぜ。「トイレ」が広まったのは昭和四十年頃か
2009/03/31 リンク