![発達障害の診察、研究に携わってきた医師・本田秀夫先生と考える、マイノリティの「つながらない権利」【前編】](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/77102de87d0c8b5ba93b79d5fd453ed3f90682ae/height=288;version=1;width=512/http%3A%2F%2Fwebmedia.akashi.co.jp%2Fmedias%2FwgjVh%2Fimages%2Fogp%2Fpost_ogp_ID7442_20230824221404.jpg)
「パパゲーノ」という言葉をご存じだろうか。 ひとつの人生観を表す言葉である。 人間、いつどこで不幸の渦に巻き込まれるかなんてわかったもんじゃないし、人生の「前提」なんて、あっという間に壊れた。 エリートだった。しかしある時崖から落ちるように崩れた。一度は持ち直したのに、再び不幸のどん底に叩き込まれた。 正直、生きていることに未練はない。それでもわたしは、日々息をしている。 限りなく普通っぽいわたし 「清水さんって、全く『そういうふう』には見えないですよね」。 よく、そう言われる。 「そういうふう」=「精神障害者」のことである。 まあ、障害と20年も付き合っているうちにこなれてきたというのもあるだろう。完治の見込みはない。「寛解」という落ち着いた状態のなかにいるだけのことだ。 「障害があっても希望を持って生きている人がいる」的な話をマスコミなんかで目にする。 そういう意味では、音楽という趣味
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く