なるほど、「アサヒる」って、そういう意味だったんだ。おじさん、てっきり時間の区切りのことかと思ってたよ。 「アサヒる」=「執拗に責め立てること」…日テレが「アサヒる」の意味をアサヒる http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1055832.html ところで関係ないんだが、これからする話は大切なのでよく聞いて欲しいんだ。 皆、サヨクは嫌いだろ? サヨクを叩きたいだろ? で、ここだけの話、俺らサヨクって、叩かれるのが好きなんだよ。 いや、厳密に言うと「叩かれること」一般が好きなんじゃなくて、意見が違う相手から叩かれるのが大好きなんだ。逆に、右翼から褒められたりしたら それはもうスゴイ不名誉で、他のサヨクからボコボコにされるんだぜ。 サヨクは、ネット右翼の皆と仲良くしたいとは思わない。「立場は違うけど、少なくとも〜ということは同意できる」みたいな共有点
昨日、「サンデーモーニング」に佐高信が出てました。多々のウヨサヨ文化人言論人の中でも、この人程酷いのもいないんじゃないかと思われる。その代表例としてこれhttp://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol465がある。「親の葬式の弔電にまでいちゃもんつける」とは、ウヨサヨ思想以前に人間として完全に終わっている。サンデーモーニングでも、他のコメンテータは定期的に出演してる(江川昭子さんて、俺はてっきり「典型的サヨク文化人」と思ってましたが、結構穏健派だったのが意外でしたhttp://www.magazine9.jp/interv/egawa/egawa1.php)のに、この人だけなぜか不定期。今は安倍自民惨敗だ原爆「しょうがない」だ、左翼には都合いい時期だから(誰も呼んでないのに)いけしゃあしゃあ出て、つまらんキャッチコピーほざいてニヤニヤしてて、こ
4/7の記事へのコメントに「日本のマスコミは、戦前・軍部・ファシズムを糾弾してさえいれば心理的には『道徳的戦勝国』側にいられるので、ただ楽な方を選んでいるのです」という指摘があった。たしかに、左翼的知識人にあるのは「ナショナリズムなんか信じているのは感情をコントロールできない頭の悪い奴だ。自分はそういう感情を克服して普遍的正義の側に立っているのだ」という優越感である。これは戦前からの伝統で、かつてマルクス主義に走った人々に大地主の子弟が多かったのも、「財産を捨てて貧しい人に尽くす」ことに道徳的な満足を覚えていたからだ。 こういう露悪的エリート意識は、いまだにカルスタやポスコロやフェミニスト一派に多い。彼らはマスメディアの言葉尻をとらえて「潜在的な差別意識」を指摘し、それを「脱構築」することが正義だと信じているが、自分の依拠する価値観が他ならぬオリエンタリズムだということに気づいていない。
今日は、大阪のよみうりテレビで「たかじんのそこまで言って委員会」という番組に出演した(放送は日曜)。例の「あるある」をめぐって「テレビの何が問題か」というテーマだったが、ちょっと驚いたのは、司会者が拙著『電波利権』を紹介し、ゲストが新聞社とテレビ局の系列化などを批判していたことだ。これまでCSやラジオではこの本の話をしたが、ようやく関西ローカルまで来たか。いや、実は関西以外でも19局ネットしていて、「見えないのは首都圏だけ」だそうだが。 本題とは関係ないところでおもしろかったのは、なぜか田嶋陽子氏が「この番組は保守派ばっかりだ」とキレたことだ。彼女によると「海外経験者が少ない」のが問題だという。これに三宅久之氏が「あんたのような欧米崇拝はもう古い」と茶々を入れると、田嶋氏が本気で腹を立てていた。 「日本は遅れている」「欧米では**だ」というのが、戦後の左翼(および近代主義者)のマントラ
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/a82e0465c89ec49f7b01a51a9273e375 うーん… 前提となる認識がズレ過ぎてて、ちょっとお話にならない気がする。 まず、ブクマコメントでも突っ込まれてたけど、「左翼の最後の砦」が「歴史認識と地球環境」なわけないよね。日本の左翼を対象としてるのか、それとも世界的な傾向の話をしているのかは分からないけど、「左翼の最後の砦」は「弱者の存在」であり「格差の問題」であって、「歴史認識」や「地球環境」なんて話は使い古されたロジックのひとつに過ぎない。戦線は既に移動しています。 それにさ、『「日本は遅れている」「欧米では**だ」というのが、戦後の左翼(および近代主義者)のマントラだった。』とあるけれど、では池田氏の語る「市場万能論」は「欧米(というかアメリカ)追随」でなくて何なの?出所もそれを肯定するロジック
どうせこんなブログ誰も読んでないんで、はてなブロガーの悪口書いちゃいます。 なんていうか、はてなサヨクは気持ち悪い。教育基本法改悪反対とか、共謀罪反対とか、ABE ENDとか気持ち悪い。なに本気になってるの?って感じだ。なんか違うんだよな。根本的に。そういう言説にすごい違和感を感じる。 いや、別に主張自体に反対している訳じゃなくて。なんか教育基本法改正とか、安部首相就任とか、おもしろいネタを手に入れてイキイキしている感じがする。なんだか嬉しそうな感じがする。そういうのが何か気持ち悪いんだよね。 こういう感じが今の時代の空気なのかなって思う。80年代は軽薄で虚ろな時代だった。バブルの空気に踊らされて、記号と差異に戯れていた時代だった。 ちなみに僕は80年代の軽薄さがすごい嫌いだ。80年代のレコードや小説は絶対に買うことはない。でも、80年代は新しいものが多く生まれた時代でもあった。ヒップホッ
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