生涯にわたって差別と闘い続けた野中氏 1月26日、内閣官房長官や自民党幹事長等を歴任した野中広務氏(92)が死去した。心からご冥福をお祈りする。 野中氏は、被差別部落出身者として初めて政権中枢にまで上り詰めた政治家だ。そこに至るまでには、壮絶な差別との闘いがあった。以下は、野中氏が辛淑玉さんに語った、政治家を志すきっかけとなったエピソードの一つだ[1]。 辛 野中さんは戦後すぐには政治家にならず、徴兵前からお勤めだった大阪鉄道局に復職なさんるんですね。 野中 僕は19歳の時に兵隊から帰ってきて、20歳になってから、大阪の吹田にある鉄道教習所に新人を教えにいっていたんです。昇級も、「もう頼みますから昇級させないでください」とお願いするぐらい、とんとん拍子で上がっていた。(略)そんな中で、僕の人生を変える出来事が起こったわけです。 辛 それはどんな? 野中 自分の町から中学の後輩を二人、大阪鉄
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