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2022年3月8日のブックマーク (10件)

  • ナウカジャパン|ロシア書籍専門店 ナウカ・ジャパン

    「ナウカ」とは、ロシア語で「学問、科学」の意味。英語のScienceに当たります。弊社は、ロシアを中心にスラヴ語圏の豊かで多様な出版文化を紹介していくことを目指しています。 隣国ロシアの書籍、新聞・雑誌に、多くの人が直接手に触れることのできる場をつくろうとリアル店舗にこだわりました。「の街」-東京・神田神保町に店舗がございます。地下鉄神保町駅からが便利ですが、JR御茶ノ水駅からも歩いてこられます。山の上ホテルから下ったところにある錦華公園のすぐ近くです。 店舗では、新刊書はもちろん、古書、朗読CD、映画DVDなどを取り揃えてございます。書籍は、ロシア語学、言語、文学、芸術、歴史、東洋学、政治、経済、法律から数学、自然科学、工学まで広い分野にわたっています。ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなど日でも知られる文豪の作品の原書ももちろん常備しています。 ロシアにある書店のように、現代

  • パン・リージョン理論 - Wikipedia

    パン・リージョン理論(英語: Pan-region)とは、世界を4つのブロックに分けて軍事戦略と勢力均衡を企てるというカール・ハウスホーファーが提唱した理論である[1]。 語源[編集] パン・リージョン理論によって分けられた4つの地域区分 この理論はドイツの地理学者・地政学者であったカール・エルンスト・ハウスホーファーによって提唱され、戦間期の地政学やドイツの外交政策に貢献した。この世界を4つの列強であるユーラフリカ(ヨーロッパとアフリカ)率いるドイツ(汎ユーラフリカ)、中央アジア率いるソビエト社会主義共和国連邦(汎ロシア)、東亜率いる大日帝国(汎アジア)、南北アメリカ率いるアメリカ合衆国(汎アメリカ)による指導で経済、政治文化的に分けようと考えた理論である[2]。これらの列強諸国による勢力圏の支配は、経済や政党連合の発展が見込まれた。 歴史的実例[編集] 歴史上、この世界は3つの勢力

  • ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia

    サー・ハルフォード・ジョン・マッキンダー(Sir Halford John Mackinder, 1861年2月15日 - 1947年3月6日)は、イギリスの地理学者、政治家である。ハートランド理論を提唱し、この概念は地政学の基礎的な理論付けとなった。事実上の現代地政学の開祖ともいえる。 出典:『歴史の地理学的な回転軸』, Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904) 概要[編集] ハルフォード・マッキンダー卿は、ハートランド論を唱え、ユーラシアを基点とした国際関係の力学を地理的に分析した。なお、マッキンダーは自身の理論を一度も地政学と称したことはないが、今日における地政学という体系はほぼマッキンダーの理論をその祖と仰いでいるといっていい。マッキンダーの主張は以下の通り。 世界は閉鎖された空間となった。 人類の歴史はランドパワーとシーパワーの闘争の

    ハルフォード・マッキンダー - Wikipedia
  • ハートランド - Wikipedia

    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "ハートランド" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2021年6月) ハートランド(英: Heartland)は、地政学の用語。ハルフォード・マッキンダーが『デモクラシーの理想と現実』の中でユーラシア大陸の中核地域を中軸地帯(Pivot Area)と呼んだことに始まり、後にハートランドと改められた。 概要[編集] 出典:"The Geographical Pivot of History", Geographical Journal 23, no. 4 (April 1904) 中軸地帯、内側の三日月地帯と外側の三日月地帯 マッ

    ハートランド - Wikipedia
  • 人文地理学 - Wikipedia

    人文地理学(じんぶんちりがく、じんもんちりがく[1][注釈 1]、英語: human geography)は、地球上における人間活動の空間的構造や地域的特徴の解明を目標とする地理学の一分野である[3]。 分類[編集] 研究分野[編集] 人文地理学は、研究分野別にさらに経済地理学、都市地理学、社会地理学、文化地理学、歴史地理学、政治地理学などに分けられる[4]。 研究方法[編集] 研究方法による分類法として、ピーター・ハゲットによる空間分析、生態分析、地域複合分析の3分類が挙げられる[5]。空間分析は研究対象の位置や分布、生態分析は地域の構成要素間の関係性に着目して考察する[6]。地域複合分析は空間分析と生態分析を複合させた考察である[6]。 アプローチ方法[編集] アプローチ方法による分類法として、ジェームズ・バード(James Bird)による経験主義、実証主義、人文主義、構造主義の4分

  • ルドルフ・チェーレン - Wikipedia

    この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。 チェレーン シェレーン チェレン ヒェレン キエレン Rudolf Kjellén(1864-1922) ヨハン・ルドルフ・チェーレン (スウェーデン語: Johan Rudolf Kjellén [ˈrʉːdɔlf ɕɛˈleːn][1]、1864年6月13日 - 1922年11月14日)は、スウェーデンの政治学者・政治家。地政学(ドイツ語: Geopolitik)という言葉を最初に生み出した人物として知られる[2]。 来歴[編集] 1864年6月13日にヴェステルイェートランド地方のトルセー島に生まれる[3]。 チェーレンは1880年にスカラのギムナジウムを卒業し、同年ウプサラ大学に入学した。1891年にウプサラ大学でDoctor of Philosophyを取得し、1890年から1893年まで同大学で講師を勤めた。また、1891年

    ルドルフ・チェーレン - Wikipedia
  • 閉鎖経済 - Wikipedia

    閉鎖経済(へいさけいざい、英: Closed Economy、ドイツ語: Autarkie)とは、マクロ経済学の用語で外国との金融・貿易取引をしていない経済のこと。スウェーデンの政治学者・政治家ルドルフ・チェーレンが「アウタルキー」(ドイツ語: autarkie、閉鎖経済)を提唱した[1]。 対義語は、開放経済。 概要[編集] マクロ経済学のモデルをつくるときに、前提条件として外国との取引がなく国内取引のみの場合を考えることがある。この際の分析の対象となるのは、開放経済モデルとの対比としての 財政政策 国民所得 金利 などである。 経済政策の効果が開放経済で行った場合とどう違うかを考える際に用いられる。 歴史[編集] 実際に、さまざまな規制により閉鎖状態にあった経済がいくつかある。 アフガニスタン:タリバン政権下(1996-2001) カンボジア:クメール・ルージュ政権下(1975-197

  • アウタルキー(あうたるきー)とは? 意味や使い方 - コトバンク

    来は、国家レベルにおける経済的自給自足状態を意味する。すなわち、糧、原料などの必要資源を外国からの輸入に依存せずに国内で確保し、また、生産物も外国へ輸出せず自国内で消費してしまうような経済をいう。しかしアウタルキーは、その後、1930年代の世界恐慌において先進資主義諸国が恐慌から自国経済を保護するために、それぞれ植民地、半植民地を含めて自給自足的なブロック経済を形成したことをさすようにもなり、現在では経済自立政策を意味するようになってきている。世界経済が非常に緊密化された現在では、外国から全面的に独立した自給自足経済を営むことは不可能であるが、外国貿易に過度に依存することは、万一外国市場が切断された場合リスクが大きすぎるとして、なるべく対外依存を少なくしようとする相対的アウタルキーへの指向が、国家安全保障の観点からつねに議論されている。 [秋山憲治]

    アウタルキー(あうたるきー)とは? 意味や使い方 - コトバンク
  • 地政学の(再)流⾏現象とロシアのネオ・ユーラシア主義

  • ニコライ・トルベツコイ - Wikipedia

    ニコライ・セルゲーエヴィチ・トルベツコイ公爵(ロシア語: Никола́й Серге́евич Трубецко́й、ラテン文字表記の例、Nikolai Sergeievich Trubetzkoi、1890年4月15日 - 1938年6月25日)は、ロシア言語学者。構造主義で知られるプラハ学派の要人。ユーラシア主義の代表的人物としても知られる。 経歴[編集] 1890年、モスクワにて、中世リトアニアを支配していたゲディミナス朝の流れをくむ、リトアニア=ルーシ系ボヤーレ(大貴族)トルベツコイ公爵家(英語版)に生まれた。1913年にモスクワ大学を卒業。卒業後は母校の教師となり講義を行っていたが、ロシア革命が起こる。革命後は、ロストフ・ナ・ドヌ大学、ソフィア大学、ウィーン大学に勤めた。 1929年から著しくソ連礼讃をするようになったスヴチンスキーやミルスキーら他のユーラシア主義者を批判し、

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