文学を愛する人で、吉野朔実を未読でこれから読むという人がいるなら、その人がとても羨(うらや)ましい。その体験を譲ってほしいと思うぐらい妬(ねた)ましい。 自分も、できるならもう一度新作を読みたいからである。 いまこの文を書きながら、あれを勧めたい、これも紹介したい……いや、でも永遠に沈黙していたい……というアンビバレントの中にわたしはいる。 吉野朔実は、凡(すべ)ての読者にそう思わせる、独特の存在感を持つ漫画家だった。わたしも三一年読み続けてきたが、人に勧めたり語ったりしたことは一度もなく、今日が初めてである。 代表作は、『少年は荒野をめざす』だろう……。女流小説家、その娘で同じく小説家デビューした女子中学生、彼女とそっくりな少年……。個人的には、自分も中学生のとき読んだせいもあって格別な思い入れがある。なにより傑作である。 この作品の特色の一つは“文学の香り”だ。全篇(ぜんぺん)で激しく
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