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2008年7月12日のブックマーク (8件)

  • イジメの形而上学 - モジモジ君のブログ。みたいな。

    とりあえず、ベースとして、コレ。>「いじめ/ファシズム/引きつった笑い - 過ぎ去ろうとしない過去」 問題は「イジメであったかどうか」ではない 人の内面は、その人しかわからない。てゆーか、その人にはわかっているのなら、まだ問題としてはマシなんだよな。その人のわかっているつもりの内面が、その人の当の内面を隠蔽するために捏造されたものだったりもするので、その人のいうことを真に受けておけばいい、というわけでもない(真に受けるしかない、ということはあるけれど)。いずれにせよ、内面はわからない。 だから、外形に頼るしかないところもあるわけで、いじめとなりうる外形的な状況が発生していたら、「人がどう思っていようと」それはいじめだと、まずはいってしまう、というスタンスも出てくるだろう。これはこれでわかるけれども、まぁ、乱暴ではあるわな。難しい。 では、どう考えるか。つまりは、その状況からその人が抜け

    イジメの形而上学 - モジモジ君のブログ。みたいな。
    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
    なんか、ムダにプレッシャーかけちゃったみたいで失礼。人>id:Imamuさん
  • 7・5札幌弾圧抗議デモに参加してきたよ。 - 無産大衆

    高円寺は中央公園で日、17時より7月5日の札幌反サミットデモにて逮捕された三人への支援と警察への抗議の主旨でデモがあったので行ってきました。 杉並警察署のおまわりが公園の金網の向こうにへばりつくという気持ちの悪い状況の中、はじまったデモ。音響機材などは未だ札幌中央署に勝手に持っていかれているので、軽トラにスピーカーのっけて即席サウンドマシーンにしたてあげて、出発。でも、やっぱり何だか緩い。悪い意味で言うつもりはないんだけど、オマワリのシフトがホントに緩々。 まあ、こっちもあんまりヒートアップしたり、エキサイトしない「お間抜け脱力デモ」をやるんだということでもあったので、それなりに気楽に馬鹿なプラカードを掲げて歩く。小競り合いがなかったわけではないけれども、それは札幌であったようなちょっと気でやばそうな空気ではないので、どっかで安心しながらデモやってて、まあ、でもそれはそれで良いのかしら

    7・5札幌弾圧抗議デモに参加してきたよ。 - 無産大衆
    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
    「西成の状況だけれども一人逮捕どころか昨日までに既に二十数人の逮捕者が出てるらしく、しかもまるで報道されない」/ホント、全然報道ない。
  • 出ました 『サンデー毎日』中曽根 vs.不破対談!!

    自民党の武部幹事長が、テレビ番組で、2007年度に消費税率を引き上げると明言。 これが、こんどの総選挙の争点の2つめ。民主党は、年金目的と称して消費税率3%上乗せを公約にも明記しています。自民党・小泉首相は、郵政選挙だと、演説でも郵政ばかりですが、じつは、こんどの政権公約で2007年度に消費税引き上げを含む税制改革をおこなうと公約しています。小泉首相は、「私の任期中は引き上げない」と言ってきました。確かに2007年度は小泉首相の任期後ですが、2007年度からの引き上げのためには、来年度中に法律改定が必要です。つまり、小泉首相の任期中に、消費税値上げの手続きをすすめると言うことです。 07年度に消費税率引き上げ 政権公約で武部氏明言(共同通信) 07年度に消費税率引き上げ 政権公約で武部氏明言 自民党の武部勤幹事長は28日午前、フジテレビの報道番組で、将来の社会保障費の財源を確保するため20

  • Amazon.co.jp: 死にいたる病 (ちくま学芸文庫 キ 3-1): セーレンキルケゴール (著), 啓三郎,桝田 (翻訳), Kierkegaard,Soren (原名): 本

    Amazon.co.jp: 死にいたる病 (ちくま学芸文庫 キ 3-1): セーレンキルケゴール (著), 啓三郎,桝田 (翻訳), Kierkegaard,Soren (原名): 本
    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
  • 「ニコニコ現実」のプロトタイプとしての「ニコニコ大会議2008」 - 濱野智史の個人ウェブサイト@hatena

    7/4に開催され、大盛況だった「ニコニコ大会議2008」。僕は一応出演者の一人でもあったのですが、開演から出演直前まで、(そして出演後もあわせて)2階の観客席で観覧していました。どうしても、このイベントは会場で絶対にナマで見ないといけない、と思っていたからです。そして、その直感は間違っていなかったと思います。そのことに関連して、どうしても一つだけ、触れておかなければならない感想というか論考のメモのようなものを書きたくなりました。以下、推敲を全くしていないので、かなり荒れている文章ですが、お許しください。 ちなみに、当日のイベントは、当に会場の熱気と臨場感があまりに圧倒的で、言語化しようとすればその全てが言い尽くせずに零れ落ちてしまうような、すばらしいものだったと思います。特に、運営の皆様、当にあれはお世辞でも社交辞令でもなく、すばらしかったです。また、あのようなイベントが開催される日が

    「ニコニコ現実」のプロトタイプとしての「ニコニコ大会議2008」 - 濱野智史の個人ウェブサイト@hatena
    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
    「「人格システム」を先にニコニコ現実的な仕組みに適応させてしまう」←これマジで言ってんの?/「過剰で息苦しいまでの陰湿な雰囲気」←ナイーブ杉。いじめる側は「陰湿ではなかった」と思ってることなんてザラ。
  • http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20080712/p2

    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
    ヒートアイランド→エアコン使用量増→温暖化にも悪影響、てのはあるな。一応。でも、一応は別の話。
  • http://d.hatena.ne.jp/kmizusawa/20080712/p6

    mojimoji
    mojimoji 2008/07/12
    他人をつけまわして私生活を覗き見するのは、倫理的にどうなんでしょうね。そっちは既に「文化」ということなんでしょうか?
  • 少数派には名前がある(ベジタリアンをめぐって)。 - hituziのブログじゃがー

    matsuiism(マツイイズム)さんの奇妙なベジタリアンたち - heuristic waysという記事について、ちょっと感じたことを かきます。 マツイイズムさんは鶴田静(つるた・しずか)さんの『ベジタリアンの世界-肉を超えた人々』を よまれたそうだ。 ベジタリアンの発想はしばしば奇妙に思えるし、時には滑稽にすら感じられる。また、人自身いろいろ試行錯誤を試みたり、失敗したりしているため、一貫性や持続性がないようにも思える。私自身は今のところベジタリアンになるつもりはまったくないが、ただ、面白いのは、ベジタリアンは「べてよいもの」と「べてはいけないもの」との区別を新たに設定し直すことによって、自分の生活とこの世界のあり方について、「自明性をカッコに入れる」現象学的還元を実践してしまうということ、そして肉の罪を自覚し、自分の欲望に「制限」や「限界」を設けることによって、謙虚になる

    少数派には名前がある(ベジタリアンをめぐって)。 - hituziのブログじゃがー