恋路まであと1kmでは届かない
ニコニコ動画のお陰で。 映像があってオーディエンスがいれば、ちゃんとした偶像の出来上がりですよね。 ある意味で本当にプロデューサーになれるゲーム。 キャラがもっと増えて、もっと動画がたくさん投稿されるようになったら、虚構のアイドルフォーラムの出来上がり! 受験生、首尾はどうだ?そろそろ結果が出ている頃だと思うけど…。 [関連]がんばれ浪人生 「エロゲ買うのはかまわんが 今は積んどけ・・・」 http://www.nicovideo.jp/watch/ut4J1GgxhrPc0 http://www.nicovideo.jp/watch/ut6LIVQDKOGzY アイドルにも得手不得手がありますよね。 http://www.nicovideo.jp/watch/ute7XgbsuCf3c 最強グループ。 なんかプレイしなくても動画だけで楽しいかもわからん。もっと、もっと動画を!!!!
なぜオタは「このエロゲは泣けるから抜き目的じゃないから」といいますか? まぁ一昔前は僕もそんな事を言っていた時代がありましたが、泣きゲーとは言え脱衣してぎしぎしアンアンしてるんだから、抜きの要素が介在しているのは間違いないんですよね。それを泣けるから、別に抜かないから、などと見苦しい弁明をするから気持ち悪いんだろう。 キモいキモくないの話は置いておいて、エロゲにおける能動性が共感の疎外に結びつくという提唱について。 いわゆる選択肢についてのお話になるのだろうけど、選択肢1つだとさほど強い能動性は与えられないのではないかと思う。自ら攻略ヒロインを選ぶという過程があるにせよ、そこには決められた道筋があり、あくまでプレイヤーは受身でいるしかない。ただここでセーブという機能がくっつくことにより、プレイヤーに神の視点が与えられるのではと僕は考える。 エロゲにおけるセーブは小説の栞とは違い、いつでもそ
「まなびストレート」をどの視点から眺めるのが正解なのかと、これまでの放送を見ながら考えてきたのだけど、未だにアングルを決めかねている状態。こういった掴みづらい作品は年に1,2本見られるんだけど、例えばまなびに近いものを挙げるのならば「ぱにぽに」がそうだろう。どこで萌えればいいのか、どこで笑えばいいのか、どこが本軸なのか。それが分かるまでには数回の放送が必要になる。 こうした作品は僕の中ではダークホース的位置付けにあり、化ける、化けないの2択に繋がることが多い。それだけに毎回毎回楽しみに見ているのだけど、依然として僕の感覚ではまなびの骨子が組みあがらずにいる。 軸に学園ものならではの青春群像劇が据えられていることは概ね分かるのだけど、それを装飾するきめの細かいギャグセンスに惑わされていると言った所だろうか。 ただこれはジャンプの「銀魂」や同制作会社の「フタコイ」等でも見られるもので、どちらも
カチリカチリといつもの如くエンターキーを押しながら、耽美な時間に自らの全神経を預けていると、僕の肩からひょこりと小さな頭が突き出てきてこう言った。 「お父さん、何やってるの?」 僕の娘である。生まれてからこのかた、腕白の名を欲しいままにした幼少時代を過ごしてきた彼女は、小学校に通うようになってもその意気は衰えることを知らない。しかし時折見せるあどけない笑顔に含まれる女の子らしさは、妻の面影がうっすらと見え隠れするように可愛らしい。眉目の整ったかんばせは同年代のアイドル的存在であることを疑わせない確証を孕んでいる。 「ねえ、お父さん、この画面の女の子はなに?」 彼女に勝るとも劣らない可愛さを秘めた映像を、食い入るように見つめる彼女はおやと気付いて僕の下半身に目をやった。 「ズボンずり落ちてるよ。きゃはは」 娘は床に転がり腹を押さえて大笑いしはじめ、ひとしきり笑うと、満足したのかぴょんぴょんと
結論から言えば「萌え」とは「情緒」であり「美徳」である。 特殊なフェティズムから構築されたこの論理は、僕の嗜好を発露させた観念論として捉えていただくのが正解ではありますが、殴り書きされたこの文章が多くの方の目に触れ、「萌え」への無理解からの解放を声高に叫ぶことが出来れば幸いであります。 奥ゆかしいフェティズム http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.youtube.com/watch?v=LfmCet0CPco つい最近、上記リンク先の女子高生(中学生?)が体操服に着替える映像がyoutubeで流れていて、僕のリビドーを強烈に刺激してくれたのですが、ちょいと資料整理のために(なんの資料だろう)youtubeを探っていたら、映像は既に消去済みとなっておりました。 内容はセーラー服の女子高生が服を着たまま体操服を着衣し、その後にセーラー服を脱衣する過程を一
http://d.hatena.ne.jp/terasuy/20061122/p1 浅野『(前略)ただ後半の京都アニメーションに対する意見はどうでしょう。「京アニは中堅でしかない」という結論ありきで書いているように感じます。そもそもふもっふ(作画崩れ)、TSR(中盤のだらだら)、AIR(終盤のやり過ぎ演出)と京都アニメーションが手放しで賞賛されてきたわけではありません。 今のような京アニ=神みたいな言説で語られるようになったのはハルヒからなので、「気質」が賞賛されやすい、というのは正直無理があると思われます。 それからサンライズ、I.G、GONZOなど大手制作会社が会社単位で批判されないというのもどうでしょう?たまたまterasuyの目に止まらなかったのかもしれませんが、京アニ云々が目立ち過ぎるだけで、充分過ぎるほど会社単位で毀誉褒貶受けていますよ。 ここで比べて「京アニは中堅“でしかない
「ブログにコメントを書く人はなんでブログをやらんのだろう」 id:kir_royalさんとメッセで会話してる時に出た話題。 というのは、このブログの読者層全般に対してのことで。いや、どちらかというとニュースサイト界隈の読者層になるんだろう。うちのブログのエントリの特徴としてはアクセスは集めるのだけどブクマが集まらない。なんともブロガーとしては寂しい姿(実は絶望的に)なのですが、コメントを付けてくださる方々もお若い方が多いのか、少しばかり棘を持った物言いをしてくれます。本音とネタを1つのエントリ内で使い分けて書いている僕としては、そこら辺の意図を読み取れない人が多いのは正直窮屈というか、炎上になり兼ねない事実に戦々恐々としながら文章を書いている次第であります*1 それでもコメントを読むと意外としっかりとした意見を書いてくれる人が多くて、喜んでいいのか困っていいのか。 上の話題に戻り、どうして
京都アニメーション版Kanonを一気に鑑賞。 やっぱ京アニ作画がすごいよー、と手放しで褒めるのもありなのかもしれないけど、正直言うとこの淡々と流れていく話には異を唱えたい。 26話構成を考えたうえでの、原作全ルートを効率よく消化するための起承転結なのかとも見て取れるんだけど、さすがに7話までを見ると純粋なエンタメ作品としては楽しめるのかどうか。 確かにこの作品、全体を俯瞰すれば物語曲線は上手く生成されているのかもしれない(とは言えまだ分からないけど)。 しかしながら1話の曲線、もしくは3話前後つづり程の固まりの曲線が作られていない。 とにかくひたすら伏線を張ることに必死で、見せ場という見せ場、山場という山場が一切無いまま、7話まで来てしまった。はじめてここで少しだけ物語が動き出したと感じたわけで。あくまで少しだけ。 エンディングへの入り方も落としているわけでもなく、次回に期待を抱くようなも
リアル妹持ち→リアルで絶望→二次元の虚構的妹への憧れ リアル妹無し→リアルで渇望→妹という記号そのものへの憧れ 二次元の兄妹フィルターの偉大さとはこれほどとは。*1 以下虚構の一例。大分前にフォルダに突っ込んでいた拙作(季節外れ) 「ほら、はやくはやく!こっちだよ!お兄ちゃん」 「ちょっと急ぎすぎだぞ、茜。もう少しゆっくり頼む」 「駄目ぇ!そんなこと言ってたら・・・ほら!始まったはやくはやくぅ!」 ジタバタと世話しなく体を揺り動かし、俺のことを今か今かと茜が急かしつける。 小さな背丈にお似合いのピンク色に花柄が施された浴衣を羽織り、カタカタと下駄を鳴らして今にも飛びついてきそうな勢いで俺のことを睨んでいる。 「はーやーくーぅ!!!おにいちゃん!はやくぅ」 手に持った巾着袋を紐が切れんばかりにぐるぐると回して、通行人の邪魔にならないのかと俺の方が気が気じゃない。 「ただいまより、平成××年、
それはもう、どんな引き篭もりだって外へと連れ出すような陽気の日だった。眩しすぎる太陽の光に目を眩ませてシャッターチャンスを幾度も幾度も逃してしまうほどに。そこかしこで足を止めて往生する老若男女。爺婆多数。 右を見る。爺だ。左を見る。婆だ。後ろを見る。同族か?上を見る。畜生お前は黙っていろと言ったのにこのアポロンめ。 明滅し出す両目を何度か瞬かせ、周囲を見回す。あった。探し物はきっとあそこだ。見つけにくいものだから、夢のようなあの場所へ。 スキップ弾ませ鼻歌飛ばす、今日は快晴白昼夢。 いない。くずおれた。おーあーるぜっと。 相方に相談してみるも、両手をお空へ向けて掌からエネルギーを吸収しているかのようだった。話しかけようものなら元気玉を投げつけてくることだろう。著作権に関しては教育テレビの何処かの番組でも同名が使われていたから気にすることはないはずだ。そもそも商用では(ry 閑話休題。 こう
実家に戻ってきて妹とよく話をするようになったのですが、最近の若い女性は寛容になったものです。 どうも僕の中では、オタクやガリ勉のようなタイプはなんやかんや忌避されるような宿命にあるんだろうな、と諦観の念を抱いておりました。 特に高校生くらいまでの女性なんてのは単純なもので、スポーツが出来たり顔がちょっと良かったりするとすぐに近寄ってきます。 小学生の頃なんて、足の速さがクラス内のヒエラルキーを作り上げていたくらいです。 そうです、あの頃はモテの絶頂期でしたよ。リレーのアンカーをやった時なんてそりゃあもう。今は昔。 しかし男性はもっと単純で、とりあえず顔なんですがね。それは置いといて。 女性は"ペニス願望"っつーものがあるとか無いとかフロイト先生が仰っておりましたが、小さい頃は自分の持っていない逞しいものに惹かれるみたいなんです。だからこそ、あの頃純粋に力として比較がしやすかった「足の速さ」
ちょろちょろとネットを巡回するようになってから、ちらほら見かけるのが「涼宮ハルヒの憂鬱」と「エヴァンゲリオン」との対比。 ハルヒの作品内容とそのクオリティ、はては流行の広がりが、かの名作エヴァと同列に捉えられています。 なんだ今更そんな話題もう遅いよぷぎゃぷぎゃ、と正直自分でも思うのですが、どうにもこのハルヒのヨイショ具合が過剰すぎるような気がしてならんので、一筆取った次第であります。 僕は一応原作、アニメ共に楽しませて頂いたのですが*1、確かにこの作品は凄い。 原作に忠実に作られている所は勿論の事、一切手を抜かない作画、更にはサブタイトルをシャッフルさせる事で成し得た新たなアニメーション表現の扉をこじ開けた事は誰が見ても明らかでしょう。今後のアニメ史に名を刻んだ事は確かだと思います。 お前もヨイショしてるじゃねーか、とお思いでしょう。しかし僕が感じた違和感というのは作品の質云々ではなくて
さて、復帰一撃目。本当は違うネタを書こうと思ってPCの前に腰を下ろしたのですが、mixiのコミュニティの書き込みを見たりしていたら思う所があったので、今日は原作つきアニメのお話。 最近千葉方面に引っ越して(実家に帰ったわけですが)、UHFが見れない環境にある僕にとっては縁の無い話なのですが、新作アニメがいくつか始まっています。今回は春の新番組と比較すると大分落ち着いた放送数らしいですが、未だにUHFアニメ全盛の時代は続いているのでしょう。 そんな中、原作がPC美少女ゲームのアニメ「つよきす」が放送をスタートしたようですが、先ほどmixi内にてつよきすのアニメを実際に見た感想を寄せ集める書き込みが出現しているのを発見し、そこでのファンの方々のやり取りを拝見すると、僕は愕然としてしまいました。書き込み内容のほとんどが作品に対して罵倒、悲嘆するものだったのです。 さすがにあそこから引用するのは腰
http://d.hatena.ne.jp/kagami/20060526#p7 id:kagamiさんが、昨日のどうしようもない文章にマジレスして下さりました。 ネタとは言え僕自身の本音をそこかしこに含ませていたので、こうやってちゃんとしたご意見を貰えると、どうしようもない文章にも僕にとっては生産性のあるものだったのかと思います。 僕が大まかに「オタク」と考える像は確かにkagamiさんが仰っているような存在とは違うような気がします。ただ、実を言うと僕が理想像として抱いているのはまさにkagamiさんの仰る、 沢山の作品を鑑賞するのは、マーケティング戦略に惑わされず、 自分の本当に好きな作品を見つけたいという思いからなんですよ…。 というご意見そのものであります。 沢山の作品に触れなければ、好きな作品の相対的な価値を測る事も出来ませんし、自分の真の嗜好だって理解する事は出来ないと思います
mixiでマイミクの方がAIRを見たい見たい、なんていうものだから触発されてDVDを掘り起こし鑑賞しました。 この作品の凄さは作画云々っていうのもあるのだけど、やはり音響さんの素晴らしさなんだと思う。アニメとノベルゲームの場合、受動的である事と能動的である事から、使い方一つで感情移入効果の強弱が変わってくるわけですが、アニメ版のAIRはこの音響の演出が上手すぎる。特に観鈴が幼児退行してから引き取られるシーンは、ベタベタなのにこんなにも心の琴線を揺さぶられるのは、音と映像が完全にマッチングした巧みの技が光っているからなんだと思います。 音響っていうものには余り注目した事が無かったので今回少し調べてみたのですが、意外と表に名前が出ているスタジオが少ないみたいで、寡占状態が出来ているのかなぁという印象。 □Category:映画・アニメ音効会社 - Wikipedia 逆にアニメの制作スタジオっ
ネット上のロリ風エロがピンチ!18歳未満「に見えたら」児童ポルノ認定?-しゅういち建設 エロゲ業界を破滅へと導くと、各所で大々的に釣堀化している記事ですが、みんな安心しろ! 実際は18歳以上だけど「幼く見える」役者を使った写真・映像 などフィクションも対象かどうかは不明です! 不明も何も、建前があるのなら問題ないんじゃないですか?と僕は考える! ここで建前と書くとなんとも屁理屈っぽいので設定という言葉に置換しておきましょう。 そもそも人間には人権ってものがあります。この記事で挙げられているガイドラインが認められてしまったら、ロリ顔の大人の人権はどこへ行ってしまうのでしょうか。ロリ顔に限らずとも児童と認められるような容姿、例えば起伏に乏しい胸であったりと、未発達な体躯である人の自由を剥奪する事になります。 あんたはロリっぽいからヘアヌード写真撮っちゃいかんよ。 あんたはロリっぽいから夜のお仕
今月の初め、僕はシーズン初めの試合で怪我をしました。 就活のストレスと相まって酷くやざくれてしまったのですが、その時僕を癒してくれたのがアニメのARIAです。 現在も第2期が放送されているのですが、第1期放送当初はそこまで面白いとは思えませんでした。 各所で絶賛されているのを横目に、他のアニメに興じていたのを覚えています。 しかし改めて録画していたものを見返した所、その純度の高い癒し効果によってギスギスしていた心が柔いものに包まれ、自暴自棄になりかけていた僕を救済してくれた事により、評価は格段にアップしました。 大袈裟と思うでしょうが、実際あの時の僕に光を差し込んでくれたのはこの作品であり、恥ずかしくもこの年になってアニメに夢を与えられてしまったのが事実なのです。 さて、作品の内容は周知のものですが、僕はこの作品のイメージが「綺麗」という言葉に尽きると思っています。作品自体が一つの情景とし
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