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2007年2月3日のブックマーク (3件)

  • エセ民主的表現技法――たぶん「国語」や「小論文」の授業で習う(?) - 女教師ブログ

    はあちゅう主義のあの例の記事についての論評を読んで:http://d.hatena.ne.jp/rg7-421/20060227 こういう書き方[引用者注:はあちゅう主義――小娘が何か言ってます のニートに関する言及箇所]をするとこです。ここでいうとニートについてなんですが、さんざんニートに対して強調文字で(リンク先参照)非難しながら、後でこっそりと<ニートをよく知らないから全否定は出来ないけど>とさらっと書いてしまう。しかも、ニートに対して<非国民>とまでいっているのは誰だか知りませんが、他人の言葉ですね。こんなふうにあらかじめ批判をかわせるような書き方を自然にできるところがすごいと思うのと同時に怖いとも思いました。結局この人自身は何一つとして主張していません。(強調引用者) 「たしかに...A...。でも...B...。」という表現方法があります。中学生でも使います。いわゆる「譲歩→主

  • Episode26 - はまちちゃんのもとを素子が訪れるシーン

    はまち 「こんにちはこんにちは!」 草薙 「それにしてもなぁにここ、まるで情報の墓場じゃない。 こんなところから世界を変えようなんて気で考えてたの?」 はまち 「そうだね!最初のうちだけちょっとね…!」 草薙 「で今の気分はどう」 はまち 「特別な気分にはならなかったかな…!>< 実はぼく、あなたと記憶を共有した時点ですべてが終わってしまったのかも…! あとは素子たんがうまくやってくれるだろうっておもってたよ…!!」 草薙 「全くたいした嘘つきよね。何が邪魔しないでくれよ」 はまち 「ごめんね!>< でもすべての情報ってオープンにしちゃったら、“情報”ってものじゃ無くなって、 関係ないとおもってるみんなのこころや、もしかすると悪いこと考えちゃってるだれかのこころの一部になっちゃうのかも…!」 草薙 「それは経験から導き出されたあなたの言葉?」 はまち 「うん…!じっさい最後は素子たんまで

    Episode26 - はまちちゃんのもとを素子が訪れるシーン
    navecin
    navecin 2007/02/03
    ぶちこわしだ。いい意味で。
  • 「俺は差別主義者じゃない。でも......」という差別レトリック - 女教師ブログ

    メディア, 読書, 言語van Dijk, T. A. (2006). 「談話に見られる人種差別の否認」(山下仁・野呂香代子訳) 植田晃次・山下仁編著『「共生」の内実―批判的社会言語学からの問いかけ』(p.p. 187-232.)(Keyword: クリティカル談話分析、社会言語学、人種差別) 【要旨】人種差別的な言説は、あからさまな形をもって出現するわけではない。むしろ《人種差別主義者というレッテルを貼られるということは損だ》という常識が共有されている現代においては、人種差別的な言説はより巧妙に潜行した形をとって言い表される。そのうちのひとつに「否認」―「私は黒人に対して何の偏見もない。しかし......」というように自身の差別的態度をあらかじめ否定しておくストラテジーがある。 van Dijk は様々な民族問題や人種差別に関する談話(ディスコース)―新聞記事や政治家の発言など―を紹介し