鳥越俊太郎さんが「戦争を知らない若い世代が、経済発展した韓国に違和感を覚え、過去にあった差別意識を再生産した。」と発言したことについて、ネット上では話題になっているようです。私も、鳥越さんのこの分析はあたっていないように思います。 むしろ、ネット上で「嫌韓厨」が目立つのは、現実空間での個としての自分について「語るべきもの」がないような人たちでも意見を公表できる空間だからだというところではないかと思っています。そのような人々がネット空間で優越感に浸るためには、0の価値しか持たない自分より価値の低い者、すなわち、マイナスの価値を持つ者を探さないといけないわけで、そのための一手段として、特定の民族を自民族よりも価値の低いものとみなす民族差別に行き着いたとみるべきでしょう(彼らの民族差別に「経験の裏打ち」が感じられないのは、優越感ゲームに参加するために観念的・人工的に作り上げた差別だからなのでしょ