Emacsは死んだ Emacsの設計は、思想上の理由から、わざと貧弱であるという話。 Emacsの内蔵言語であるelispは、貧弱だそうだ。私はLisp系の言語に詳しくないが、少なくとも今まで出会ったLisperは皆elispは貧弱だと答えている。それにも関わらず、今まで出会ったLisperは全員、LispのコーディングにはEmacsを利用しているのは不思議だ。おそらく、Emacsとその資産を再実装する手間を考えたら、Emacsを使ったほうが得策なのだろう。 elispが近年のLispの進化を反映していないというだけではない。Emacsのelispはマルチスレッドに対応しておらず、ちょっと重い処理をしようとするとユーザーに応答できなくなってしまうし、共通の処理は共有のライブラリとしてまとめるという普通のことが難しく、ファイルI/Oなどの低級なAPIも不足しているという。 自然として、Ema
underscore-fix とか Pastaとかを仕事で使ってみていたら、前から薄々感じていた事に確信を持った。 ライブラリが十分に強力なら、プログラム中に関数定義、関数適用とリテラル以外は出てこない。そして逆に、forやifやswitchやnewが必要になったら、その関数は一般化してライブラリに押しやらなくてはいけない。 On Lispだかなんだかのボトムアップデザインの説明で、「アプリケーションを書くための言語を作って、その言語でアプリケーションを書く」みたいな文章を読んだ記憶があるけど、この「言語」っていうのは、別にDSLである必要もLispマクロである必要もなくて、「ライブラリ」って意味と取って問題なくて、それならLisp以外の言語でもこの考え方は重要になる。自分のライブラリが十分に成熟するまでは、なにかアプリケーションを作る度にライブラリ関数を増やすつもりでやらなくちゃいけない
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