並び順

ブックマーク数

期間指定

  • から
  • まで

41 - 80 件 / 544件

新着順 人気順

ロシア語 翻訳家の検索結果41 - 80 件 / 544件

  • 誤訳の思想---「時間蝿は矢を好む」

    翻訳をやっていると、ときどき自分が透明人間みたいになって、文章という回路を通って、他人の(つまりそれを書いた人)の心の中や、頭の中に入っていくみたいな気持になることがあります。まるでだれもいない家の中にそっと入っていくみたいに。あるいはぼくは文章というものを通じて、他者とそういう関わりをもつことにすごく興味があるのかもしれないですね。(『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』新潮文庫) 「翻訳の神様から見れば、我々はすべてアマチュアなのだ」(柴田)村上春樹・柴田元幸(『翻訳夜話』文春新書) 学生時代、よく通ったカレー屋に「インデアン・カレー」というお店があった。インディアンの羽根をつけた子供がそのお店のトレードマークだった。カレーはおいしかったのだけれど、どう考えてもインディアンがカレーを食べたという話を聞いたことがない。「インデアン・カレー」というのは「インド・カレー」の誤訳から生まれたのであ

    • ブラピ新作「アド・アストラ」をもっと楽しむためのSF3冊(大森望) - エキスパート - Yahoo!ニュース

      ジェームズ・グレイ監督のSF映画「アド・アストラ」。ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で世界に初披露されて大絶賛を集め、主演のブラッド・ピットが来日して行われたジャパンプレミアもたいへんな熱量だったが、その「アド・アストラ」がいよいよ9月20日(金)に一般公開される。 ブラッド・ピットが演じるのは、宇宙飛行士のロイ・マクブライド。彼が宇宙を目指したのは、同じ宇宙飛行士だった父親クリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)の影響だった。地球外知的生命体の探査に人生を捧げた父は、妻と子どもを置いて宇宙に旅立つが、16年後、地球から43億キロ離れた宇宙空間で消息を絶つ。時が流れ、エリート宇宙飛行士となったロイのもとに、軍上層部から驚くべき知らせがもたらされる。「きみの父親は生きている」しかも、クリフォードは、いまや人類に対する脅威となる可能性があるという。ロイは父親を追って宇宙へと旅立つ……。

        ブラピ新作「アド・アストラ」をもっと楽しむためのSF3冊(大森望) - エキスパート - Yahoo!ニュース
      • アニメに出会ってロシアから日本へ ロシア人声優・ジェーニャさんインタビュー

        これまで海外からやってきたさまざまな人を紹介してきた本コラム「海外オタク見聞録」に、ついにロシア人声優・ジェーニャさんの登場です。 念願かなって、ジェーニャさん登場!(10周年記念ライブ会場の阿佐ヶ谷ラピュタにて) 日本で声優、歌手、タレントとして活動しているジェーニャさん。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」に声優として出演したり、押井守総監督の「THE NEXT GENERATION -パトレイバー」にロシア語監修として参加するなど多方面で活躍しています。日本のアニメが好きでロシアからやってきて、日本で活動するようになって今年で10周年を迎えました。 ジェーニャさんが日本に興味を持ったのは、ロシアで放送されていた「美少女戦士セーラームーン」を見たことがきっかけ。吹き替えではなく、もとの映像にロシア語をかぶせるボイスオーバーで放送されていました。そこから聞こえてくる日本語の響きにとても興味を

          アニメに出会ってロシアから日本へ ロシア人声優・ジェーニャさんインタビュー
        • 大学の階級 - jun-jun1965の日記

          以前、弘兼憲史の『人間交差点』で、大学の話を読んだ。非常勤講師の女性二人が助教授の座を争うというものだったが、どうもこの原作者は、大学の仕組みが分かっていないのではないか、と思った。 大学教員の階級は、 教授 准教授 専任講師 (専任助手)(大学によってはある) ここまでが「専任」である。 あとは、 助教 助手 非常勤講師(兼任講師) があるが、助手は専任ではあるが、多くは数年で他の大学へ行かなければならない。ただし、助手から准教授に昇進するとか、50近くまで助手をしているとかいう例はある。これに対して専任助手は、いずれ専任講師や准教授に昇進することが約束されている。 「兼任講師」というのは、「非常勤」という響きを嫌って使われている婉曲表現で、別にどこかと兼任していなくても、言われる。 ある大学の非常勤講師から准教授になるということは、ないではないが、あまり一般的ではない。国立大学の場合、

            大学の階級 - jun-jun1965の日記
          • スヴェトラーナ・アリルーエワ - Wikipedia

            スヴェトラーナ・ヨシフォヴナ・アリルーイェヴァ(ロシア語: Светла́на Ио́сифовна Аллилу́ева, 1926年2月28日 - 2011年11月22日)は、ソ連の政治家、ヨシフ・スターリン(Иосиф Сталин)の娘である。1953年に父・スターリンが死んだのち、モスクワにて文献学者および翻訳家として働いていた彼女は、インド人の男性と出会い、恋に落ちた。病没した彼の遺灰をガンジス川に流すため、インドへ向かうことを許可された。インド滞在中の1967年3月、彼女はアメリカ大使館に向かい、アメリカ合衆国に亡命した。アメリカで暮らし始めた彼女は、『Twenty Letters to a Friend』(『友に宛てた20通の手紙』、1967年)、『Only One Year』(『一年だけ』、1969年)、『The Faraway Music』(『遥かなる音楽』、1984年

              スヴェトラーナ・アリルーエワ - Wikipedia
            • 二葉亭四迷 - Wikipedia

              『小説総論』(1886年、評論) 『浮雲』(1887年) 『かた恋』(1896年、翻訳) 『其面影』(1906年) 『平凡』(1907年) 二葉亭 四迷(ふたばてい しめい、1864年4月4日(元治元年2月28日) - 1909年(明治42年)5月10日)は、日本の小説家、翻訳家。 本名長谷川辰之助(はせがわたつのすけ)。筆名の由来は、処女作『浮雲』に対する卑下、特に坪内逍遥の名を借りて出版したことに対して、自身を「くたばって仕舞(め)え」と罵ったことによる(異説あり)。文学に理解のなかった父に言われたというのは俗説である(『予が半生の懺悔』)。長谷川二葉亭とも呼ばれる。別の号に冷々亭主人、杏雨。 江戸市ヶ谷生れ。彼の自筆履歴書によると、1883年2月1日から1885年12月25日まで、当時の専修学校(現在の専修大学)で学び、その後卒業した。また、東京外国語学校(現東京外国語大学)露語科入

                二葉亭四迷 - Wikipedia
              • ポケットマスターピース|集英社文庫ヘリテージシリーズ|集英社

                野谷文昭=編 編集協力=三倉康博 今年、二〇一六年は、セルバンテスの没後四百年にあたり、それを記念してスペインでは様々な関連行事が続いた。……セルバンテスという名の恒星の周りにある四つの惑星の名前として、キホーテ、ドゥルシネア、ロシナンテ、サンチョという彼の代表作『ドン・キホーテ』のキャラクターに因んだものが、国際投票によって選ばれたという。やはり世界に通用する顔はセルバンテスなのだ。(野谷文昭・解説より) 収録内容:ドン・キホーテ(抄)/美しいヒターノの娘/ビードロ学士/嫉妬深いエストレマドゥーラ男定価:本体1,300円+税 発売日:2016年12月16日 「ドン・キホーテ」野谷文昭・訳 老いた郷士ながら騎士道物語に読みふけり、自らを遍歴の騎士であると思い込んでしまったドン・キホーテは、無邪気な相棒である従者サンチョ、愛馬ロシナンテとともに、恋焦がれるドゥルネシア姫(実際は近隣の村の娘)

                • 小和田恆 - Wikipedia

                  小和田 恆(おわだ ひさし、1932年〈昭和7年〉9月18日 - )(小和田恒)は、日本の外交官、国際法学者。第22代国際司法裁判所(ICJ)所長。 国連大使・外務事務次官などを歴任。皇后雅子の実父。愛子内親王の母方の祖父。 経歴[編集] 生い立ち[編集] 1932年(昭和7年)、新潟県北蒲原郡新発田町(現:新発田市)に生まれる[1]。小和田毅夫・静夫妻の次男で、8人きょうだいの4番目にあたる[2]。父・毅夫は新潟県立高校長を務めた[3]。生家の跡地は現在清水園の駐車場となっている[4]。本籍地は新潟県村上市。 旧制新潟県立柏崎中学校(現:新潟県立柏崎高等学校)2年のとき、父の転勤により旧制新潟県立高田中学校に転校した[2]。新潟県立高田高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科(国際関係論分科[5])に進み、在学中の1954年(昭和29年)に外交官領事官試験に合格、翌年の1955年 (昭和

                    小和田恆 - Wikipedia
                  • 『私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった』 - HONZ

                    http://www.wowow.co.jp/drama/bob/ http://www.wowow.co.jp/drama/pacific/ テレビドラマ「バンド・オブ・ブラザース」と「ザ・パシフィック」がWOWOWで放送中だ。両ドラマともにスティーブン・スピルバーグとトム・ハンクスが発案・製作総指揮をとっている。 前者は第二次世界大戦・ヨーロッパでドイツ軍と戦闘する米国パラシュート歩兵連隊を描いている。2001年HBOで放送された。製作費は1億2000万ドル。全10話だから、1話あたり10億円の製作費ということになる。後者は第二次世界大戦・太平洋で日本軍と対峙する米国第一海兵師団を描く。2010年にHBOで放送された。製作費は1億5000万ドル。ガダルカナルから沖縄戦までの全10話だ。 両者とも戦闘シーンでは、画面から目を離すことができない。目をそむけていると自分に弾が飛んでくるような

                      『私たちが子どもだったころ、世界は戦争だった』 - HONZ
                    • インタプリタかなくぎ流

                      中学生のころ、無線に興味を持ってアマチュア無線技士の資格を取りました。電話級といういちばん易しい資格でしたが、無線機を買うお金もなかったので無線局を開局することはあきらめました。その後高校でアマチュア無線部に出入りするようになって、そのクラブ局で初めて無線通信を体験しました。一定時間でできるだけ多くの無線局と通信することを競う「アワード」に徹夜で参加したこともうっすらと覚えています。 そのころ、もうひとつ夢中になっていたのがラジオで気象情報を聞いて天気図を作ることと、海外のラジオ局、とくに北京放送やモスクワ放送などの日本語放送を聴くことでした。たしか短波ラジオでなくても中波で聞けたはず。モスクワ放送のオープニングでかかるどこか寂しげな音楽がかすかに記憶に残っています。『モスクワ郊外の夕べ』だったような気もしますが、後年の記憶とごっちゃになっているかもしれません。 でも何事も飽きやすい性格な

                        インタプリタかなくぎ流
                      • 『BLスタディーズ』における森川嘉一郎氏のカルチュラルスタディーズ批判・女性学批判と、それにたいする千田有紀氏のご反応。(3) - 0007 文藝檸檬

                        (1)、(2)の続き。 〈学界出身者のやおい論や腐女子論〉がしばしば、〈やおいやBLを、〈女性〉に対する社会的抑圧、特に性的抑圧からの解放を指向する政治的文脈に、間接的にあてはめようとするものが多い〉と森川氏は指摘し、こう続けます(引用者の責任で改行しました)。 この『BLスタディーズ』の論考部分にも、そのような傾向があるかもしれない。 本書の前書にあたるユリイカ増刊『腐女子マンガ大系』の、学界の書き手による文章には、明確にそのような傾向があった。 前書でもゲスト編集長を務めた金田淳子氏が、ジェンダー論を専門とする社会学者なのだから、これは自然な成り行きでもある。〔…〕 加えて、日本の大学における人文科学のさまざまな研究が、今も英米の学派の植民地であり続けている構造にも、目を向ける必要があるだろう。 やおい風に表せば、[英米×日本]となる。 たとえば、本場である英米の大学で盛り上がっている

                          『BLスタディーズ』における森川嘉一郎氏のカルチュラルスタディーズ批判・女性学批判と、それにたいする千田有紀氏のご反応。(3) - 0007 文藝檸檬
                        • 安部公房は受賞寸前だった「急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう」…ノーベル委員長語る : 2のまとめR

                          2012年03月24日 ➥ 安部公房は受賞寸前だった「急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう」…ノーベル委員長語る 64 comments ツイート 1:◆GinGaOoo.. @銀河φ ★ [sage]:2012/03/23(金) 16:45:51.37ID:???0 安部公房は受賞寸前だった…ノーベル委員長語る ノーベル文学賞の選考を行うスウェーデン・アカデミーのノーベル委員会の ペール・ベストベリー委員長(78)が21日午前(日本時間同日夕)、読売新聞の取材に応じ、 1993年に死去した作家・安部公房が同賞の受賞寸前だったことを明らかにした。 ストックホルム市内の自宅でインタビューに応じたベストベリー委員長は、安部公房について 「急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう。非常に、非常に近かった」と強調した。 さらに、「三島由紀夫は、それ(安部)ほど高い位置まで近

                            安部公房は受賞寸前だった「急死しなければ、ノーベル文学賞を受けていたでしょう」…ノーベル委員長語る : 2のまとめR
                          • 二葉亭四迷:ロシア革命家に手紙 交流を裏付け - 毎日jp(毎日新聞)

                            小説「浮雲」で知られる作家・翻訳家、二葉亭四迷(1864~1909年)が、1906年1月から翌年10月にかけて、長崎に滞在する亡命ロシア人革命家にロシア語で手紙を出していたことが分かった。自筆の書簡4通とはがき1枚がモスクワのロシア連邦国立文書館で見つかった。二葉亭とロシア人革命家の交流が裏付けられたのは初めて。ロシア革命に関する本の翻訳に、革命家から借りた本が使われていたことも分かった。【杉尾直哉、モスクワ大木俊治】 「強い興味を持ってロシアの革命運動を学んでいる」などと書かれた手紙は、サンクトペテルブルク在住の古文書研究者ガリーナ・ドゥダレツさんが発見し、澤田和彦・埼玉大教養学部教授がコピーを入手した。澤田教授によると、二葉亭が長崎に滞在したロシア人革命家と交流したことは推測されていたが、初めて具体的に裏付けられた。今月26日発売の雑誌「文学(5・6月号)」(岩波書店)で澤田教授が詳細

                            • 岡崎次郎 - Wikipedia

                              岡崎 次郎(おかざき じろう、男性、1904年〈明治37年〉6月29日 - 1984年〈昭和59年〉?)は、日本のマルクス経済学者、翻訳家。マルクスの大著『資本論』の翻訳で知られる。 経歴[編集] 北海道江差生まれ。第一高等学校を経て、1927年(昭和2年)に東京帝国大学文学部、1929年(昭和4年)に同経済学部を卒業。 戦後、1950年(昭和25年)より九州大学教養部教授。ついで法政大学経済学部教授となる。1968年(昭和43年)法政大学教授を辞任、以降は著述業に専念した。 晩年[編集] 1983年(昭和58年)に青土社から出版した『マルクスに凭(もた)れて六十年 自嘲生涯記』という自伝で向坂逸郎を批判[注釈 1]。本書を友人・知人らに献本し、さりげなく別れの会を持った岡崎は、「これから西の方へ行く」という言葉を残して[注釈 2]、80歳となる直前の翌1984年(昭和59年)6月6日から

                              • 映画『ガザの美容室』公式サイト

                                監督・脚本:タルザン&アラブ・ナサール 出演:ヒアム・アッバス、マイサ・アブドゥ・エルハディ、マナル・アワド、ダイナ・シバー、ミルナ・サカラ、ヴィクトリア・バリツカ、他 (2015/パレスチナ、フランス、カタール/84分/アラビア語/1:2.35/5.1ch/DCP) 字幕翻訳:松岡葉子 提供:アップリンク、シネ ゴドー 配給・宣伝:アップリンク セル&レンタルDVD 仕様 カラー/本編84分+特典映像約27分/2層/ドルビーデジタル5.1chサラウンド/アラビア語/1枚組/日本語字幕 特典映像 ・短編『ガザのある一夜』 ・監督インタビュー ・監督から日本へのメッセージ ・日本版予告編 ・本国版予告編 発売元:アップリンク 販売元:TCエンタテインメント Amazonで購入する 動画配信 レンタル&購入 パレスチナ・ガザの小さな美容室を舞台に、 戦争状態という日常をたくましく生きる女性たち

                                  映画『ガザの美容室』公式サイト
                                • 大森望と『カラマーゾフの兄弟』誤訳問題: liber studiorum

                                  「些細なことながら、このようなニュアンスの違いの積み重ねによって読者は、少しずつ、しかし確実に原典から遠ざけられて行く。」その一六 大森望(評論家)  ま、もちろん誤訳云々の問題はあるんですけど、百人翻訳者がいれば、百通りの翻訳ができるので、好きな翻訳を読めばいいわけですよ。だから、昔の翻訳がいいと思うひとは昔の翻訳を読めばいいわけだから、べつに文句をいう必要はないと思うんですよねあー、そんなこと言っちゃったんですか、大森望は。  事情を簡単に説明しておきます。 光文社古典新訳文庫から出ている亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』に対して、複数の方々から誤訳の指摘がされているのです。 以下のページを参照のこと。  http://www.ne.jp/asahi/dost/jds/dost125.htm10箇所や20箇所の誤訳じゃないんですよ。 上のページで「明らかな誤訳、もしくは不適切訳」として

                                  • 平沢進の音楽世界観を多角的に紐解く - Music Synopsis

                                    ※当記事は文字数が9万字以上ある記事になります。 そのため、時間がある時に閲覧すること、また字数の関係上スマートフォンでの閲覧よりもパソコンやタブレット端末での閲覧を併せて強く推奨します。 ・はじめに これまで久石譲・菅野よう子といったメジャーでありながら知名度も抜群であり多大なフォロワーがいる、いってみれば名実ともに全員が納得できる偉大な大家について書きました。つまり大衆が愛すべき作曲家に焦点を当てました。しかし今回はすこし捻った特集を組みました。 マイナーだけど何故かメジャーアーティストとして有名という音楽版の諸星大二郎とでも形容すべき人物、つまりは平沢進です。まず音楽版の諸星大二郎とはどういう意味なのか、という点についてです。 同業者からは絶大な支持があるもののより広域的な範囲では知られていないという存在を形容するものとして「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という単語があります。

                                      平沢進の音楽世界観を多角的に紐解く - Music Synopsis
                                    • プロスペル・メリメ - Wikipedia

                                      プロスペル・メリメ(Prosper Mérimée, 1803年9月28日 - 1870年9月23日)は、フランスの作家、歴史家、考古学者、官吏。小説『カルメン』で知られる。 パリのブルジョワの家庭に生まれた。法学を学んだ後、官吏となり、1834年にフランスの歴史記念物監督官として、多くの歴史的建造物の保護に当たった。ナポレオン3世の側近であり、元老院議員として出世を遂げた。 青年期に年長のスタンダールとも親交を持ち、公務の傍ら、戯曲や歴史書などを書いた。 メリメは神秘主義と歴史と非日常性を愛した。ウォルター・スコットの有名な歴史小説やアレクサンドル・プーシキンの非情さと心理劇の影響を受けていた。メリメの物語はしばしば神秘に満ち、外国を舞台にしており、スペインとロシアが頻繁に発想の源となっていた。彼の小説の一つがオペラ『カルメン』となった。 生涯[編集] 画家であり文学者であったレオノール

                                        プロスペル・メリメ - Wikipedia
                                      • マルケス百話

                                        マルケス百話 マルケスにまつわる話を徒然に書き連ねていきます。雑誌や新聞のコラム記事のように読んでいただければ。 「マルケス百話」としたのは、まずは百話を目標にしようとの考えからです。もし、目標に達したら「マルケス徒然草」か「マルケス枕草子」とでもして、さらに書き連ね、やがては「マルケス千一夜物語」へと……。 では、現代の語り部マルケスを巡る四方山話ないしは与太話におつきあいください。 サイトマップへ トップページへ 目次 1話  マルケスの生年 2話  活字事始め 3話  八人の女 4話  「百年の孤独」の正しい読み方 5話  腰巻の中のマルケス 6話  マルケスと音楽・バジェナート編 7話  マルケスと辞(事)典 8話  ランキングあれこれ 9話  私家版「この人・この三冊」 10話 マコンド博物誌・風 11話 経過報告─校本・邦訳『百年の孤独』 1

                                        • 「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」の日本語訳、それに伴う考察について|MohiMojito

                                          「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」の日本語訳、それに伴う考察について 《陳腐なプロローグ》は自分でもなんで書いたのかわからない「日本語対応に至るまでの個人史的な経緯」に関する記述なので、本編を読みたい方は「本編」まで飛ばしてください(?)。 《陳腐なプロローグ》誰もやらないならやってみるかと、軽い気持ちで引き受けたんです。 最初は。 勿論、わたし自身この作品が好きなので、片手間で済ませる雑な仕事にするつもりは寸毫程もありませんでしたが、それなりの人気作でも邦訳に「?」ってなるところ、結構あるじゃないですか。 わたしが「Milk inside ~」を購入した時は、国外でカルト的な人気を誇っているとはいえ、日本語レビューは10件にも満たず、その中に日本語対応を心待ちにする声もありませんでした。 なので、「今よりは多くの目に触れる契機

                                            「Milk inside a bag of milk inside a bag of milk」の日本語訳、それに伴う考察について|MohiMojito
                                          • (続報)米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた | The HEADLINE

                                            公開日 2014年04月13日 00:29, 更新日 2014年04月13日 00:29, 無料記事 / 政治・国際関係 編集部注:本記事は翻訳家・平井和也氏の寄稿。同氏は、人文科学・社会科学分野の日英・英日翻訳をおこなっている。 3月5日の拙稿「米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた」でウクライナのヤヌコビッチ政権転覆の裏で行われていた米国政府機関による工作についてご紹介したが、その後また新たな情報がわかってきたので、本稿ではそのことについて書いてみたいと思う。(関連記事:米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた) 以下は、スティーブ・ワイズマンという米国人作家(現在フランス在住)が非営利組織Truthout (本部ロサンゼルス)が運営するReader Supported Newsというニュースサイトに3月25日に発表した記事のまとめだ。 ジェフリー

                                              (続報)米国政府機関がウクライナのクーデターに資金提供を行っていた | The HEADLINE
                                            • ダニエル・カール - Wikipedia

                                              概要[編集] 日本で活動するドイツ系アメリカ人である。英語指導主事助手や英語指導主事を経て、翻訳家として活動する。さらに会社経営を手がけるなど実業家としての顔も持ち、のちにタレントとしても活動するようになった。また、「山形弁研究家」という肩書きも名乗っており、流暢な山形弁を話すアメリカ人として人気を集めている。アメリカ合衆国カリフォルニア州モンロビア市出身。 来歴[編集] アメリカ人であった彼が日本に興味を持ったきっかけは、消防士であった父と共に出かけたロサンジェルス市内のリトル・トーキョーの見物や、小学生の時に出会った日系アメリカ人の少女に恋心を抱いたことであったという。それからは独学で日本や日本語を学び[1]、日本に対する知識や興味をより高めていった[2]。 ハイスクール入学後は、交換留学生として奈良県五條市にある智辯学園中学・高等学校で1年間を過ごす。大学時代には再来日し、大阪府枚方

                                                ダニエル・カール - Wikipedia
                                              • 歴史に翻弄された翻訳家を追う「ドストエフスキーと愛に生きる」岸本佐知子が語る : 映画ニュース - 映画.com

                                                翻訳家の岸本佐知子氏[映画.com ニュース]ウクライナ出身の84歳の翻訳家スベトラナ・ガイヤーさんの半生と、文学によって高められる人間の尊厳を描き出したドキュメンタリー「ドストエフスキーと愛に生きる」と、本の祭典「文芸フェス」のタイアップイベントが3月2日東京・渋谷のアップリンクで開催され、翻訳家の岸本佐知子氏がトークイベントに出席した。 1992年からわずか10年間で「罪と罰」などドストエフスキーの長編5作をロシア語からドイツ語に翻訳したガイヤーさんは、父親がスターリン政権の粛清に遭い、その後ナチの占領下となったウクライナで育つ。激動の時代を生き残る術として、ドイツ語を身につけたガイヤーさんは、第2次世界大戦初期にドイツへ移住した。映画はガイヤーさんの仕事風景と日常生活、そしてドイツ移住後に初めて訪問した故郷への旅の中で、ウクライナの激動の歴史と向き合う姿を追う。ガイヤーさんは2010

                                                  歴史に翻弄された翻訳家を追う「ドストエフスキーと愛に生きる」岸本佐知子が語る : 映画ニュース - 映画.com
                                                • ロシアのジャポニズム -19世紀終わりごろから20世紀初頭にかけて- Japonisme in Russia -end of19-beginning of20century- ベリアエバ・エカテリーナ Belyaeva Ekaterina (PDF)

                                                  ロシアのジャポニズム Japonisme in Russia −9 1 世紀終わりごろから 0 2 世紀初頭にかけて− −end of 1 -beginning of 2 century− 9 0 ベリアエバ・エカテリーナ Belyaeva Ekaterina 要旨 帝政ロシアのジャポニズムを考える際、なによりもこの国が日本と国境を接してい た点を考慮せねばなるまい。日本海を挟んだ北方の隣国であるロシアは、すでに 8 1 世紀か ら日本人漁民の漂流者たちを帝都ペテルブルグに招き、日本の情報を得ると同時に彼らを 日本語学校の教師に任じていた。一方ロシア軍艦の艦長ゴロヴニンの 81 11 年の日本での虜 囚体験を記述した『日本幽囚記』 11 年)は、日本の情報源としてヨーロッパで翻訳さ ( 88 れ広く読まれた。同書に掲載された浮世絵のコピーは、もっとも早くに知られた日本美術 の情報の

                                                  • アルフレート・シュニトケ - Wikipedia

                                                    アルフレート・ガリエヴィチ・シュニトケ[1](ドイツ語: Alfred Schnittke, ロシア語: Альфре́д Га́рриевич Шни́тке, ラテン文字表記例: Alfred Garyevich Schnittke, 1934年11月24日 - 1998年8月3日)は、ソビエト連邦のドイツ・ユダヤ系作曲家。 人物・来歴[編集] ヴォルガ・ドイツ人自治共和国のエンゲリスに生まれる[2]。 ジャーナリストおよび翻訳家の父親は、1926年にヴァイマル共和国からソビエト連邦に移住してきたフランクフルト出身のユダヤ系ドイツ人で、母親はいわゆるヴォルガ・ドイツ人。このためシュニトケは、少年時代からドイツ語を使う家庭環境に育つ(ただし母語はヴォルガ・ドイツ方言であった)。 1946年に父親の赴任地ウィーンで最初の音楽教育を受ける。1948年にモスクワに転居。1961年にモスクワ音楽

                                                      アルフレート・シュニトケ - Wikipedia
                                                    • フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授

                                                      フリーエージェント世界革命を提唱するフリーエージェント大学ロシアの有名人・ドクター佐野千遥教授資本主義主力の株式会社制をも覆す、貴方を悩みと賃金奴隷状態から解放するフリ-エージェント世界革命を、誤った現行全自然社会人文科学を根底的体系的に批判し、一枚岩無矛盾の全新厳密科学体系を創り出した(世界史上これに挑んだ他者無し)FA大学佐野千遥教授が領導する youtube「6月11日Dr佐野千遥講義!議会内トーナメントと議会外政治宗教結社の大衆獲得!」 6月11日議会内トーナメントと議会外政治宗教結社の大衆獲得 我々は、4つの闇の国際帝国主義社会帝国主義閣下権力群 [闇の中国共産党社会帝国主義、アメリカ帝国主義、グローバリズムユダヤ、平和と民主主義スターリニズム・キリスト教民主主義]と、世界に蔓延した表向きは“自由民主”“法治国家”を名乗るがその実「ファシズム法治暴力国家」でしかない国家権力群を世

                                                      • 英語辞書のすべて 英語辞典 オンライン辞書辞典 参考書サイトリンク 国語辞典国語辞書なども

                                                        伊藤サム英語の世界 [ 戻る ] [ 進む ] [ ホーム ] [ 順路 ] [ やさしくたくさん ] [ やさたくリスト ] [ かけっぱなし ] [ 本 やさしくたくさん ] [ 中学英語 ] [ 文法書 ] [ 語法辞典 ] [ CD英語絵本児童書 ] [ 音読 ] [ 英語日記 ] [ 中学生へ ] [ 難しく沢山 ] [ ドラマ ] [ リスニング ] [ 歌 ] [ 笑って ] [ 本 英語書き方 ] [ 本 英語読み方 ] [ 英字新聞教本 ] [ ST紹介 ] [ ST購読 ] [ ST英文記者 ] [ ジャパンタイムズ ] [ JTウィークリー ] [ サム記事 ] [ スランプ! ] [ 英語楽しい ] [ 英語順路 ] [ 詩人 ] [ 英語で書く/文法 ] [ 精読 ] [ 冠詞 ] [ 前置詞 ] [ 語法 ] [ 英語の数え方 ] [ 英文賞状 ] [ 辞書

                                                        • SF用誤辞典

                                                          SFジャーゴンがわかる 2018/7/14 今週の新誤 人間原理 【宇宙】究極の事後確率論的(またはご都合主義的)宇宙論(居るからあるんだ論)、一種の神学でありマルチバース宇宙論との親和性が高い、と言うことは多神教だ。 闇のクロスカウンター 【拳闘】チャンピオン、アーシュラ・K・ル・グウィンの放った必殺「闇の左手」パンチに対する、挑戦者、吾妻ひでおのカウンター、「光の右手」攻撃のこと。 あ~ アイアン・ジャイアント(The Iron Giant) 【映画】宮崎駿を見て育ったアメリカ人が作った鉄人28号 アイアンマン(IRON MAN) 【超人】変身ヒーローもののハリウッド的解釈(2008年米映画) 。ローマ字読みだとアイロンマンなので、アイロンに変身しなくてはならない。 アイドロイド(idoloid) 【超人】山田正紀が発明した美少女戦士 アインシュタイン交点 (The Einstein

                                                          • 岩田宏 - Wikipedia

                                                            岩田 宏(いわた ひろし、1932年3月3日 - 2014年12月2日)は、日本の詩人・作家・翻訳家。 本名の小笠原 豊樹(おがさわら とよき)名義での著作もあり、翻訳家としては主に本名で活動した。 北海道虻田郡東倶知安村(現京極町)出身。娘に作家・翻訳家の目黒条。 来歴[編集] 伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。(2018年4月) 東京外国語大学ロシア語学科中退。 1955年、青木書店に入社。「詩学研究会」に投稿して詩人として出発し、様々な文芸誌に数々の詩篇を投稿する。詩誌「今日」「鰐」同人。 1956年、第一詩集『独裁』を上梓して以来、数々の詩集を出し、言葉遊びを駆使した独自の語法による作風を築く。また、詩作の傍らに、ラジオドラマや人形劇への脚本をいくつか書き下ろす。 1958年、

                                                            • おおきなかぶ - Wikipedia

                                                              ロシアの画家でポストカードデザイナーでもあるエリザベータ・ビョーム(英語版)がデザインしたポストカード / 1887年発表。大きな蕪を背景にして、8つの場面を描いたシルエット画がコラージュ風に散りばめられている。蕪の根の部分は物語解説用スペースの役割も果たしている。 詳細不明。1917年より前の作。 蕪を皇帝の首になぞらえたロシアの風刺画 / 1917年の作。[注 1] 『おおきなかぶ』の演劇を披露するアゼルバイジャンの子供達 おおきなかぶ(露: Репка)は、ロシアの民話の一つであり、童話である。大きく育った蕪(かぶ)をみんなの力を合わせて引き抜くという話で、畳語によって話が累積的に展開する。 ロシア語 "репка(ラテン翻字:repka、日本語音写例:レプカ)" は、英語でいうところの "turnip"、日本語の「蕪(かぶ)」に当たるアブラナ属の野菜のことで、本作を英語では「巨大な

                                                                おおきなかぶ - Wikipedia
                                                              • 梅田晴夫 - Wikipedia

                                                                梅田 晴夫(うめだ はるお、1920年8月12日 - 1980年12月21日)は、日本のフランス文学者、劇作家、小説家、随筆家。本名は梅田晃(あきら)。慶應義塾大学大学院修了。舞台劇やラジオドラマの脚本、物の歴史に関する著述や翻訳などで活躍した。パイプや万年筆などの収集家としても知られる。梅田望夫、梅田みかは子。 経歴[編集] 出生[編集] 1920年(大正9年)、東京府東京市四谷区(現東京都新宿区)愛住町の暗闇坂で、ロシア貿易会社を営んでいた父・梅田潔と文学者の母・玲子の間に、6人兄弟の末子として生まれる。当時の梅田家の家風であった、ヨーロッパ的な生活習慣[1]の中で育ち、1926年(大正15年)、慶應義塾幼稚舎入舎。以後18年間大学院まで慶應の一貫教育[2]を受ける。外国製の家具調度品に囲まれて育った梅田は幼少時から物に対する愛着が深く、5歳ごろから「鉛の兵隊」などの玩具収集に熱中して

                                                                  梅田晴夫 - Wikipedia
                                                                • 第2回国際SFシンポジウム東京大会: 異色な物語その他の物語

                                                                  第2回国際SFシンポジウム東京大会を見てきた。世界から豪華なメンバーがシンポジストとして集まりSFに関してディスカッションを行うという素晴らしい企画で大変刺激的な内容だった。タイムテーブルは→http://sfwj50.jp/events/2013/07/isfs2-tokyo-20130727.html 残念ながら所用のため第2部冒頭で退出してしまったので、残りはニコ動で視聴。しかも英語のリスニングは弱いので(現場には同時通訳あり)、とてもまとめられる状況ではないのだが、備忘録・メモのためあくまで個人的な視点で断片的に(上記の状況のため第2部は特にです)。というわけで間違い誤認等はご容赦。敬称略、肩書については上記HPを元にしました。なおニコ動については→ http://live.nicovideo.jp/gate/lv146340499 第1部「世界の中のSF翻訳」  司会     デ

                                                                  • アイノ・クーシネン - Wikipedia

                                                                    アイノ・クーシネン(1965年) アイノ・クーシネン(Aino Kuusinen, ロシア語:Айно Андреевна Куусинен, 1886年3月5日[1] - 1970年9月1日)は、ソビエト連邦の政治家オットー・クーシネンの妻で、コミンテルン職員、のちに諜報員。フィンランド人。旧姓はトゥルティアイネン(Turtiainen)。第二次世界大戦前の日本に派遣され、偽名を用いて上流階級や政界に交友関係を築いた。彼女がソビエト連邦のスパイであることは、日本では戦後になるまで知られることはなかった。 生涯[編集] 誕生から最初の結婚[編集] アイノ・クーシネンは、ロシア帝国の一部分であったフィンランド大公国で、両親の三番目の子として生まれ、子供時代の大部分を中部フィンランドで過ごした。中等学校卒業後、ヘルシンキの外科病院で四年の看護教育を受け、看護婦の資格を得てすぐ、1909年に鉄道

                                                                      アイノ・クーシネン - Wikipedia
                                                                    • 小野寺信 - Wikipedia

                                                                      小野寺 信(おのでら まこと、1897年〈明治30年〉9月19日 - 1987年〈昭和62年〉8月17日)は、日本の陸軍軍人、翻訳家。最終階級は陸軍少将。 経歴[編集] 1897年、岩手県胆沢郡前沢町(現在の奥州市)において町役場助役・小野寺熊彦の長男として生まれる。12歳の時に熊彦が病死し、本家筋の農家・小野寺三治の養子となる。遠野中学校、仙台陸軍地方幼年学校、陸軍中央幼年学校を経て、1919年(大正8年)5月、陸軍士官学校を卒業(31期、歩兵科。歩兵科5位で恩賜の銀時計を拝受[1])、見習士官(陸軍歩兵曹長)となる。同年12月、陸軍歩兵少尉に任官し、歩兵第29連隊附となる。翌1920年(大正11年)に発生した尼港事件を受けてニコラエフスクを保障占領し、1921年(大正10年)、第29連隊はアムール河口地帯守備のために尼港に派遣される。小野寺も最初で最後の戦場での勤務を行い、現地でロシア

                                                                        小野寺信 - Wikipedia
                                                                      • 翻訳家の仕事はグーグルが仕上げてきた文章の校正がメインになるのだろうなと思う。 - 株式日記と経済展望

                                                                        翻訳家の仕事はグーグルが仕上げてきた文章の校正がメインになるのだ ろうなと思う。いずれはそれも必要がなくなるくらいの精度を獲得するだろう 2017年3月31日 金曜日 ◆グーグル翻訳がすごいことになっていた!英訳・和訳も自由自在! 3月30日 松岡祐紀 グーグル翻訳が進化して、実用レベルでも使えると昨年から話題になっていた。 そして、今年に入ってさらにベトナム語、ロシア語なども追加され、ますます便利になっている。 最近、英文契約書を翻訳する必要があり、疑心暗鬼になりながらも、グーグル翻訳に放り込んでみた。 英文: The territory covered under this Agreement shall be the entire continents of Asia and Oceania to which the Distributor shall have all exclus

                                                                          翻訳家の仕事はグーグルが仕上げてきた文章の校正がメインになるのだろうなと思う。 - 株式日記と経済展望
                                                                        • 小竹由美子さんと、『わかっていただけますかねえ』について語る。

                                                                          『わかっていただけますかねえ』が、わかっていただけるまでの話 小泉:小竹さんには、ゼイディー・スミスや、アリス・マンローの他に、ネイサン・イングランダーやジョン・アーヴィング、最近だとアレグザンダー・マクラウドとかですね、いろいろお聞きしたい訳書がいっぱいありすぎて困るんですけど、今回はあえてジム・シェパードがいい気がしました。出たばかりっていうのもありますが、他の作家に比べてわけがわからない度が高い。 小竹:わかんない。ええ。 小泉:『わかっていただけますかねえ』ってタイトルなんですけど、わからない(笑)。でも、いいタイトルですね。 小竹:えーと、舞台裏をお話ししますと、最初編集者氏からは、「わかっていただけますかねえ」ではよく「わからない」ので、やはり各タイトルから採用するのがよいと提案がありまして、その候補というのが「ゼロメートル・ダイビングチーム」「エロス7」だったんです。 小泉:

                                                                            小竹由美子さんと、『わかっていただけますかねえ』について語る。
                                                                          • 岩田宏さん死去 詩人・作家・翻訳家として活躍:朝日新聞デジタル

                                                                            岩田宏さん(いわた・ひろし=詩人、作家、翻訳家、本名小笠原豊樹〈おがさわら・とよき〉)は2日、肺炎で死去、82歳。葬儀は近親者で行った。喪主は妻幸子(さちこ)さん。 北海道出身。60年安保時代に現代詩人として登場、詩集「いやな唄」や「頭脳の戦争」などを発表。今年11月に「岩田宏詩集成」を出版したばかりだった。本名の小笠原豊樹では翻訳家としてロシア語、英語、仏語を操り、ブラッドベリのSFなども手がけた。アンリ・トロワイヤ「石、紙、鋏」などの翻訳で日仏翻訳文学賞(06年)、評論「マヤコフスキー事件」で読売文学賞(14年)を受賞。

                                                                            • 【乞食速報】一億円の本を出版すると国会図書館から5000万円貰える事が判明!!お前ら急げ!!!! [転載禁止]©2ch.net [125556941]

                                                                              【乞食速報】一億円の本を出版すると国会図書館から5000万円貰える事が判明!!お前ら急げ!!!! [転載禁止]©2ch.net [125556941] 1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイ 19e0-L15a):2015/10/22(木) 20:26:13.46 ID:dns7rMoG0 ?2BP(1000) amazonで謎の本が大量に販売されているんだが [転載禁止](c)2ch.net http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1445288489/731,741,743 731 名前:番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイ 8dc3-wg7a)[sage] 投稿日:2015/10/22(木) 18:37:26.99 ID:m5RhEh/O0 大分概要が見えてきたね 売れない出版社が一応の意味

                                                                              • 「彼らが経験した25年間を、私たちがこれから経験します」チェルノブイリ取材に同行したロシア語通訳・翻訳家、上田洋子さんインタビュー - 思想地図β4広報ブログ

                                                                                2013-09-06 「彼らが経験した25年間を、私たちがこれから経験します」チェルノブイリ取材に同行したロシア語通訳・翻訳家、上田洋子さんインタビュー ゲンロンで今年5月に行ったチェルノブイリ取材。この場に紅一点として日本から同行したロシア語通訳、翻訳家の上田洋子さん。実は今後ゲンロンを通じて、ロシア及びウクライナ取材・旅行に際するコーディネート業務を行っていただけることになりました。今回はそんな上田さんに、チェルノブイリで感じたこと、さらにこれから渡航を考えている人へ向けたアドバイスをお話いただきました! 上田洋子さん 「彼らが経験した25年間を、日本では私たちがこれから経験します」 ーーまずは上田さんがゲンロンの活動に関わることになったきっかけを聞かせてください。 はい。ロシアの映画監督、アレクサンドル・ソクーロフの撮った『ソルジェニーツィンとの対話』という作品があるのですが、私は日

                                                                                • http://www.junkudo.co.jp/syohyo200411/syohyo4-tokushu1.htm

                                                                                  海外作品を手にとって読む基準はいくつかあるが、その一つに「この翻訳家が手掛けているから」というのがある。以前であれば翻訳家とは、外国語で書かれた詩や小説を、私たちも楽しむことができる日本語へと変換してくれるありがたい存在ではあっても、表舞台にはそれ程登場しない、あくまで裏方と見なされてきた。ところがいまや翻訳家とは、新しい作品や作家を紹介し、新訳によって作品の新たの一面をみせてくれる、読者にとっての作品ガイドの役割も担っている。実際に厚い信頼を寄せられている人気翻訳家たちも多い。9月には、『翻訳文学ブックカフェ』(本の雑誌社・2100円)が発刊された。これはジュンク堂池袋本店において催されている、新元良一氏と翻訳家たちとのトークセッションをまとめたものである。翻訳家としてのあり方、訳す動機も人それぞれであり、個性的であったり職人気質であったりと、この本によって翻訳家たちの素顔を知ることがで