▽ニュースや現代社会の諸問題、世界情勢などについて独自の視点から分析し、自らの言葉で語るオピニオン番組。▽各界の第一人者はもちろん、新進気鋭の論客も登場
20代アラサー男。 この度客先を回る営業職から、一歩たりとも社外に出ない事務職に転職した。 俺は幼少期に母が「言葉のない国に行きたい」と神に祈ったレベルのおしゃべりだ。そしてそのまま成長した。 先に書いておくけど、この話はマジで長い。なぜなら俺がおしゃべりだから。 転職してみたら、新しい職場で話せる相手がぜんぜんいなくて辛い。本当にいない。 下手したら 「おはようございます」 「お疲れ様です」 「お先に失礼します」 の3センテンスで就労時間が終わる。 当たり前なんだけど、営業と比べて「しゃべり無用」の業務が多すぎる。 激烈繁忙期のせいか、皆俺なんかに興味がないのか、仕事の合間にちょっと雑談、みたいなのも発生しない。俺の歓迎会はなぜか2ヶ月先に設定されている。 苦しい~~ッ! 人と話したい、そして人の話を聞きたい。 転職4日目くらいで窒息しそうになり、なんとか昼休憩の間だけでも話し相手を確保
●まつもtoジャニー こんにちは、パオロ・マッツァリーノです。 ジャニー喜多川さんは、いい人でした。多くの芸能人を育て、テレビ界に貢献した功労者であり、育てられた芸能人にとっては恩人です。 でも、ジャニーさんは犯罪者だったのです。 24時間、つねに犯罪者でいる人などいません。犯罪者としての顔は、個人が持つ多くの顔のうちのひとつにすぎないのです。犯罪をしてるとき以外は、何食わぬ顔で暮らしてます。それはマジメな職業人の顔であったり、優しい父親・母親の顔だったり、情にあつい先輩の顔だったりします。 でも、そういう「いい人」が、犯罪者の顔も持ってたりするんです。 ジャニーズ問題から我々が学ばねばならないもっとも重要な教訓、それは、予断をもって犯罪告発の声を封じてはならない、ということです。 いい人は犯罪をするわけがない。社会的地位の高い人が犯罪者であるはずがない。無名の人間が犯罪を告発するのは売名
ライオンの頭を無防備になで、ワニの口に笑顔で頭を入れる。ライオンに右手の中指を食べられてもまったく懲りる気配すらない。“動物愛”という枠を大きくはみ出した畑さんの生き方は日本中を魅了した。1980年に始まった「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」はあっという間に人気番組になり、平均視聴率は20%に迫った。 しかしTVシリーズは2001年に終了し、2000年代後半には北海道の中標津から東京のあきる野市に移転した「ムツゴロウ動物王国」も閉園。3億円とも言われる巨大な借金を抱えたが、それもあふれるバイタリティで完済し、現在は40年前に移り住んだ北海道の中標津にある大自然に囲まれたログハウスで生活している。
これ、世間の独身女性ならだいたい賛同してくれると思って言うんだけどさ おっさんってなんかすっげー女性とご飯食べようとしてこない? もう周囲でも自分でもそういう話禿げるほど聞く 別に下心満載でホテルに誘ってくる、とかじゃないんだよ ただただご飯食べるだけ とにかく「女性と話しながら食事する」という行為をしたいだけ パパ活おじさんが大量にいるのを見てもわかるように、なんか男って女性と飯食いたがるんだよな パパ活おじさんはいいよ。金を払って美人の若いねーちゃんと喋るんだから対価を払っている でもパパ活費用もないおっさんたちはどうするかわかるか 「元会社の同僚」 「元英会話教室などの趣味のXXで一緒だった生徒」 「前職などで知り合った別会社の知り合い」 程度の属性の「独身女性」を食事に誘ってくる 微妙に断り切れない女性達。だってなにかその人に酷い事されているわけでもないし、前に世話になったことも多
https://anond.hatelabo.jp/20250105165945 上の記事を読んで、ドワンゴの中の人として糸柳で思い出したこと、彼を雇ったドワンゴがどんな会社だったのかを書いてみようと思う。 糸柳を雇ったのは、ドワンゴのエンジニアのトップだったS君だ。ここでは鉄男(仮名)と呼ぶことにする。 糸柳を雇う少し前、僕は鉄男を叱責したことがある。「お前は自分の使いやすい人間しか採用してない。だからてめえは小物なんだ。自分にない能力をもった奴を採用しろ」みたいなことを言った。 鉄男は中卒だ。そう、ドワンゴのエンジニアのトップは中卒だった。いや、鉄男だけでなく、ドワンゴの幹部エンジニアの半分以上は中卒、あるいは高卒だった。 これは当たり前で、当時のドワンゴは天才エンジニアみたいなやつがゴロゴロいる職場だった。同じ天才エンジニアなら、高校も大学も行かずにずっとプログラミングをやっている中
私たち、物語の書き手と映画業界は、特殊な関係にあります。私たちは、映像化のお話をいただき、許諾することはできても、制作に関わることはほぼありません。演者の方々が登場人物に息を吹き込み、想像でしかなかった物語がスクリーンに映し出される感動は、作者として何にも代えがたい幸せです。けれどそれが、どのような環境で作られるか、私たちは知り得ないのです。 原作者の名前は、映画の冒頭にクレジットされ、その作品がいかなるものであっても、自分の生み出した物語である責務を負います。映画制作の現場での性暴力・性加害が明るみに出たことは、原作者という立場で映画に関わる私たちにとっても、無関係ではありません。不均等なパワーバランスによる常態的なハラスメント、身体的な暴力、恫喝などの心理的な暴力等が、業界の体質であるように言われるなかで、今回、女性たちが多大なリスクを背負って性被害を告白したことは、業界の内外を問わず
「ネコの宿命」腎臓病の治療法を開発 寿命が2倍、最長30年にも 東大大学院・宮崎徹教授インタビュー 2021年07月11日08時00分 インタビューに答える宮崎徹教授 ネコを飼った経験のある人の多くはご存じだろうが、ほとんどのイエネコは高齢になると腎臓病を発症する。そして、腎臓の機能は一度失われると回復せず、長く苦しむネコも少なくない。愛猫家の心を痛めるこの問題で、発症の原因を解明し、治療法を開発したのが東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターの宮崎徹教授(59)だ。現在はネコ用の腎臓病治療薬を世に出すために奔走している。(時事ドットコム編集部) 動物関連ニュース ―宮崎先生は獣医師ではなく、人間の病気を治すお医者さんなのに、なぜネコの腎臓病治療に取り組まれたのでしょう? 私は30年ほど前、病院で患者さんを診療する臨床医から、病気の成り立ちや難病の治療法を解明する基礎研究者に転じまし
taro terahara @srgmtaro ちょっと、にわかには信じ難い出来事があった。先程、夜の打ち合わせ会場にたまたま居合わせた整体の方。 「ちょっと見せて貰っても良いですか?実は僕、楽器の整体もやるんですよ」 リハで、楽器の調子がおかしいという話をしていた時だった。え、なになに?楽器の整体?どーゆーこと? 2024-08-06 23:13:03 taro terahara @srgmtaro バーンスリー奏者。人生の半分以上インドの横笛バーンスリーを吹いてます。 控えめに言ってインド音楽馬鹿。ちゃるぱーさと一緒にアフガニスタンの音楽も。srgmtaro.jimdo.com (寺原太郎) note: note.com/srgmtaro srgmtaro.jimdo.com taro terahara @srgmtaro 不安気な顔で見守るみんなの視線をよそに、太鼓の枠や皮をひとしき
話題生き方キャリア 大学4年生でChatGPTに出会い、使い始めて数カ月で人生が激変──。 現在23歳の大塚あみさんは約2年前、ChatGPTを使ってレポート課題をサボることを思い付きました。ChatGPTを使い倒す中で、授業中にオセロゲームをつくったところたちまち注目を浴びます。5つ以上の学会で講演するなど、日常がめまぐるしく変化していきました。 新卒1年目で書き記した著書『#100日チャレンジ 毎日連続100本アプリをつくったら人生が変わった』は、ソフトウェア開発・言語カテゴリでAmazonベストセラーに。 現在、生成AIに毎月最大12万円課金しながらシステムエンジニア・研究者・著述家・経営者としてはたらく大塚さんに、自分らしくはたらくヒントを伺いました。 ChatGPTに出会って人生が激変した ──ChatGPTをはじめて使ったときのことを、詳しく教えていただけますか。 私は大学時代
共通の女友達が夕方私の家に来て、そのあとに彼が来て3人で鍋をした。 なもんで、その日の朝方、みんなが来る前に部屋を片付けているときは 「ベッドの下に隠しておけばいいか」と思ってしまったのだ。 友達とベッドに入ることはないから。 彼が泊まるなら、彼が風呂でも入っている間に いつも通りクローゼットに隠せばいい。 そう思ってしまったのだ。 自らシーツをめくって彼に披露してしまうぐらい、 私はこんなにもウッカリ者だというのに。 ぬいぐるみこと、わんころべえとは、恐らく小学校2、3年生からの付き合いだ。 近所の小さい夏祭りのバザーで売られていた犬のぬいぐるみ。 別に某漫画のキャラクターでもなんでもなくて、本当にただの犬のぬいぐるみ。 白くて茶色い垂れ耳、茶色のリボンを雑に首に巻かれた、 当時から既に「少し古い印象」が漂うぬいぐるみを、 私はわんころべえと名付けて大切にした。 毎日一緒に寝た。 怖い夢
以前にも書いたように。「いいとも!」が終わったのをきっかけに、伊集院光のラジオをネット経由で聞くようになった。一人で食事するのが嫌いなので、なにか音源が欲しかったからだ。 伊集院光のラジオが面白いというのは、小林信彦のエッセイで読んでいた。聞いてみたら、なるほど、面白い。基本、くだらないこと、シモネタ、バカバカしいことを中心にしゃべっているのだが、その根底に、とても強いものがある。真面目すぎるほどの誠実、知性、寛容と頑なさ。 高校中退で、落語家出身、130kgの巨漢にしてスポーツ好き。野球は芸人でチームを組んで定期的に試合をしているし、ランニングは小さな駅伝大会に参加 するほど。自転車は、東京の自宅から出発して日を分けて掛川あたりまで走って行ってしまうほど。雑学王として名を轟かせながら、番組で「インテリ軍団」に 組み入れられることには抵抗を感じる。実力とコンプレックスが微妙に絡み合ったこの
ドラマ「セクシー田中さん」をご視聴いただいた皆様、 ありがとうございました。 色々と悩んだのですが、今回のドラマ化で、 私が9話、10話の脚本を書かざるを得ないと判断するに至った経緯や事情を、 きちんとお伝えした方が良いのではと思い至りました。 この文章を書くにあたって、私と小学館で改めて時系列にそって事実関係を再確認し、 文章の内容も小学館と確認して書いています。 ただ、私達は、ドラマの放送が終了するまで、脚本家さんと一度もお会いすることは ありませんでしたし、監督さんや演出の方などドラマの制作スタッフの皆様とも、 ドラマの内容について直接、お話させていただく機会はありませんでした。 ですから、この文章の内容は私達の側で起こった事実ということになります。 「セクシー田中さん」は一見奇抜なタイトルのふざけたラブコメ漫画に見えますが…。 自己肯定感の低さ故生きづらさを抱える人達に、優しく強く
失踪した糸柳から遺書が届いて、それからしばらくして警察から連絡が来たらしい。死ぬ前の彼とは疎遠になっていたのでその時期のことは伝聞でしか知らなかったが、色々と(そして過去の彼の行動とはまた違った形で)顰蹙を買っていたとよく聞いていた。 死ぬ何年か前の彼は誰から見てもおかしくなっていると言えるような状態で、仕事も上手くいってなかったと話していた。ドワンゴ時代の成功体験と山の話とRubyコミッターの話をしていたが、何回も何回も同じ話をしていた。彼のコミュニケーションの方法は彼の得意な話題に変更し、そして彼の長いターンが始まり、その後こちらが一言入れるというものだが、それにしてもこちらの話を聞いているというポーズすら晩年は取らなくなっていた。彼のそのスタイルが通用するのは彼を知っている人間に対してであり、何も知らない若者からすると典型的な老害のように写っただろう。実際にそう言われている場面を何度
昨年、十二月二十一日のことである。 森見登美彦氏は、万城目学氏と、ヨーロッパ企画の上田誠氏との忘年会に参加した。年末の京都に清らかなおっさんたちが集う忘年会も、すでに六回目を数える。 「六回目といえば」 ということで、万城目氏が新作『八月の御所グラウンド』で六回目の直木賞候補になっているという話になった。 しかし万城目氏の顔つきは暗かった。 「どうせあかんねん」 「待ち会はしないんですか?」 「そんなもんせえへんわ。いつもどおりにしてる」 それはいかん、と登美彦氏は思った。度重なる落選にウンザリする気持ちはよく分かるが、直木賞はようするに「お祭り」なのであって、盛りあがらなければ損である。「待ち会」は落ちてからが本番なのだ。落選したってええじゃないか! 「何をいじけてるんです。待ち会やりましょう!」 「なんでやねん!」 「やるなら東京まで行きますって」 「あ、それなら僕も行きます」と上田氏
アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』や連続テレビ小説『虎に翼』などで知られる脚本家・吉田恵里香さんのトークイベントが、8月16日開催のアニメイベント「ANIME FANTASISTA JAPAN 2025」内で行われた。 ジャンルを問わず人気作に携わり、今やどの業界にとっても欠かせない作家の一人と言っても過言ではない活躍を見せる吉田恵里香さん。 同時に、作家としての成功に伴う生活の安定を感じることはないようで、「むしろ常に心配というか、スケジュールが空いてると不安になります」と語り、熱き創作意欲を燃やしている。 シーンのトップランナーである彼女が抱えるドラマやアニメにおける問題意識や、異色の“魔法少女モノ”として話題を呼んだ『前橋ウィッチーズ』といった作品群の制作秘話、そして貫き続ける哲学など、ボリューム満点で行われたイベントの模様をレポートする。 取材・文:オグマフミヤ 編集:恩田雄多 恋愛ド
僕が総合演出と共同脚本を務めました「舞妓さんちのまかないさん」は2023年1月12日に配信がスタートしました。ご覧頂いた皆様、ありがとうございます。ドラマ制作に向けて本格的に取材を開始したのが2020年の夏でしたからもう2年半が経ちました。簡単ではありますが、その制作のプロセスで考えたことを少しまとめてみたいと思います。 ドラマ化を川村元気さんから依頼されるまでの僕の花街についての知識は、微々たるものでした。映画でいえば溝口健二の『祇園の姉妹』『祇園囃子』成瀬巳喜男の『流れる』程度。書籍も何冊か読んで準備はしていましたが、初めて祇園に足を踏み入れた時の僕のスタンスはドラマの4話に登場するすみれの父と大差の無い、否定的、懐疑的なものでした。ただ、取材を始めてわかったのは、この「伝統」を歌舞伎のような文化として次世代に継承していくために変わろうとしている人たちが花街の内外にいるということでした
2024年1月末まで在籍していますが昨年12月に業務は終えていて、いまは有休消化期間中です。2010年から約14年間勤めてきた、自分の生き様そのものとも言えるクックパッドを離れるのには、表現しきれないほど大きく、複雑な思いがあります。 僕がこの14年間でやってきたことを振り返ってみます。 入社 クックパッドに入社した時は新卒3年目相当で、26歳でした。もともと料理と Ruby が好きで、当時まだ珍しかった Ruby on Rails でサービス開発をしているらしいという点や、当時からネットウォッチしていた @ryo_katsuma さんが所属していること、直属の上司の井原さんが転職したことが決め手になり、体当たりで飛び込みました。当時の僕はほとんど実績もなく、入れてもらえるかギリギリのところだったと思いますが、おそらく井原さんが頑張って交渉してくれたのだと思います。本当に感謝しています。こ
「手術禁止」を言い渡されるも…のちに赤穂市民病院が外部の有識者に依頼してまとめた「ガバナンス検証委員会報告書」などにもとづき、A医師の関与が疑われる医療事件を時系列順に総覧したのがこちらの図表だ。 報告書や地元紙「赤穂民報」などの報道によると、A医師はXさんの母を執刀した翌月にも、75歳男性の脳腫瘍の手術、84歳女性の脳梗塞のカテーテル治療を担当したが、ともに術後に重い脳梗塞や脳出血を起こし、亡くなっている。この時点で合計8件もの医療事故に関与していたA医師は、病院から「手術・カテーテルなどの侵襲的(患者の体を傷つける)治療の中止」を指示された。 その後の経緯は、記事の後半でもA医師の主張とともに触れるが、Xさんとその母に訴えられたA医師は、それから1年あまり経った2021年8月に赤穂市民病院を依願退職。ほどなく、前編記事で触れた大阪市の医誠会病院に勤務し始めた。
かつて革マル派と壮絶な内ゲバを繰り広げ、「暴力革命」を掲げてゲリラ活動を行ってきた新左翼党派・中核派。そのトップ・清水丈夫氏(84歳)が、前進社(中核派本部)で田原総一朗の取材に応じた。この年齢になった革命家は、いまの日本社会と戦後の左翼運動をどう総括するのか。 中核派議長 清水 丈夫 1937年、神奈川県生まれ。高校生時代に革命運動を志し、東京大学在学中に日本共産党に入党。58年に離党し、共産主義者同盟に参加。59-60年、全学連書記長として安保闘争を指導する。61年、革共同(革命的共産主義者同盟全国委員会=通称・中核派)に参加。97年、中核派議長に就任。69年4月より非公然活動に入る。2020年9月、実に51年ぶりに公然集会に姿を見せて人々を驚かせた。著書『清水丈夫選集』(全10巻予定)など。 51年ぶりに地下潜伏活動をやめた理由田原 60年安保闘争の当時、僕は岩波映画の社員でしたが、
はじめまして、ムラマツと申します。2022年末をもちまして株式会社 講談社を退職することとなりました。 2002年に講談社に入社して、週マガ→ライバル→ヤンマガ→コミックDAYS立ち上げ→モーニング…とマンガ編集畑だけを20年にわたり歩んできましたが、2023年1月からはサイバーエージェント社に入社し、CyberZ社の「Studio ZOON」でWEBTOONをがんばろうと思います。 この記事はいわゆる「退職エントリ」です。これを機会にこれまでのことをちゃんと振り返り、これからのことなんかもちょっと触れられたらと思います。今後、マンガ〜コンテンツ業界への新卒入社や転職を検討されている方の一助になれば幸いです。 入社まで時計の針をめちゃくちゃ巻き戻して2001年。僕は第一志望である講談社の企業説明会的なものに参加し、講談社本館のでっかい体育館みたいな場所でリクルートスーツを着てパイプ椅子に座
東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が差し迫った2021年7月19日に、ミュージシャンの小山田圭吾さんが開会式の楽曲制作担当の辞任を発表した。これまでもインターネット上で言及されてきた、雑誌のインタビュー記事での「いじめ発言」が改めて問題視されたことを受けてのものだった。それから約二ヶ月後の9月17日には小山田さんの公式サイトに、いじめ発言が掲載された雑誌記事の背景や現在の心境、謝罪などが書かれた「【いじめに関するインタビュー記事についてのお詫びと経緯説明】」が掲載され、2022年5月25日に活動再開が発表された。 本記事は、小山田さんと評論家・荻上チキさんとの対談である。小山田さんの当時の心境や出来事を伺うとともに、NPO「ストップいじめ!ナビ」の理事を務める荻上さんにいじめ問題の知見をお話しいただいている。またメディアやSNSを中心としたインターネット上での反応も含めた一連の
「ドット絵の匠」と呼ばれる渋谷員子さん(株式会社スクウェア・エニックス)の履歴書を深掘りします。家庭用ゲーム黎明期に業界へ飛び込み、『ファイナルファンタジー』シリーズをはじめ数多くの作品のデザインを手掛けてきた渋谷さん。かつてはゲームの表現技法のひとつに過ぎなかったドット絵をアートへと昇華させた歩み、そしてその裏側にある仕事哲学を聞きました。 「匠」という言葉を聞いてどんな姿を思い浮かべるでしょうか。ひとつの技術を磨き続けてきた人、あるいは伝統的な技法を守り続けている人をイメージするかもしれません。 しかし、移り変わりの激しいゲーム業界の匠は違いました。『ファイナルファンタジー』シリーズをはじめ数多くの作品のデザインを手掛け、「ドット絵の匠」と呼ばれるスクウェア・エニックスの渋谷員子さんです。 家庭用ゲームの黎明期から35年以上にわたり活躍し続け、業界のレジェンドとも言われる存在ながら、「
日時:2025年7月20日(日)15:10~16:00 会場:女子美術大学杉並校舎701号室 恒例のオープンキャンパスでの萩尾望都先生の講演会です。 まずは内山先生が、今年、女子美術大学創立125周年を迎えるにあたり、女子美の歴史についてお話されました。1900年(明治33年)に建てられた女子美術大学は東京芸術大学は男性しか入れなかったので、設立されたというお話や、当時の様子の写真等見せていただきました。 この日は「マンガ表現の後ろにあるもの」というテーマで、作品の中の様々なものに込められた思いとこだわりについてお話されました。 衣装 「ポーの一族」 「ポーの一族」を描き始めたときに真っ先に考えたのが“何を着せるか”。ほとんど着せるもので描く時代を選んでいるところがある。“バッスル”というお尻を膨らませるような、1870年代のスタイルのドレスをシーラ夫人に着させたかった。大人のものはあるけ
【ここから本文】 私は神戸で生まれて育ちました。昔は裏六甲の北区で、今は海側の住宅街に住んでいます。 他の街は分からないけど、神戸は海も山も都会も田舎もあるいいところだと思っています。 子供のころはよく洋裁が得意な祖母が作ってくれたワンピースを着て、祖父に連れられて王子動物園と須磨海浜水族園に連れて行ってもらいました。 この夏は本当に暑くて、灘湾にもくもく立っている入道雲が憎たらしかったです。 神戸都市部の排熱が、全部六甲山から吹く風に淡路島の方まで流されて、雨雲になります。 淡路島の人には少し申し訳ない気がします。ごめんなさい。 こないだ、三宮でコーヒーと紅茶を買って、南京町で老祥記の豚まんを買いました。 育った街だけど、居留地のビルの合間はいつも迷子になります。 山か海が見えると方角がわかるのですが、ビルに囲まれてしまうとたいてい、南北逆になってしまっています。どこにいても山が見えたら
「僕はたぶん、世の中でいちばんたたかれている料理研究家ですよ」。そう自嘲気味に話すのは、YouTuberで料理研究家のリュウジさん(35)。レシピにうま味調味料を多用するスタイルには賛否あるが、いまや200万人近いチャンネル登録者数を誇る。ネットで人気を博して出したレシピ本は13冊を数え、累計90万部を超える「売れっ子」だ。高校を中退しアルバイトに明け暮れていた若者が、初めて人のために料理を作った経験、そしてうま味調味料にこだわる理由とは。(フリーライター・神田憲行/撮影:殿村誠士/Yahoo! ニュース オリジナル 特集編集部) カメラを据えたスタッフが何か小声でつぶやくと、それは突然始まった。 「はい! どーもー !リュウジです!」 ここは千葉県内のとあるマンションの一室。YouTuberで料理研究家のリュウジさん(35)の収録現場だ。チャンネル登録者数191万人、Twitterのフォ
(前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20210404174804 拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、ボロボロのこねこを2000年9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月に健康診断と血液検査をすることにしているので、今年も行ってきました。結果から言うとびっくりするくらい健康で、先生も苦笑されながら「また一年健康だと思うのでまあまた来年来てください」とおっしゃられたのですごすごと帰ってきました。明日をもしれぬいのちだと思うからこそ、一本100円もする高級介護用乳酸菌入りエネルギーちゅーるを請われるがまま差し上げて参りましたが、今後とも引き続き召し上がっていただきたいと存じます。 とは言うものの、腰とあとあしに関してはそれなりに節々が痛むご様子で、昨年まで夏季はソファの上でおくつろぎになることを好まれていましたが、今年はもうち
「漂流教室」や「まことちゃん」などホラーからSF、ギャグ漫画まで幅広く手がけた漫画家の楳図かずおさんが先月28日、亡くなりました。88歳でした。 楳図かずおさんは和歌山県に生まれ、小学生のころから漫画を描き始め、高校3年生のときに童話「ヘンゼルとグレーテル」を題材にした「森の兄妹」などでデビューしました。 その後、「へび少女」や「おろち」など人間の奥底にある闇を不気味なタッチで描いた作品がヒットし、“ホラー漫画の神様”と呼ばれるようになりました。 1972年から連載が始まった「漂流教室」では、荒廃した未来に小学校ごとワープしてしまった子どもたちが生き抜く様子をリアルに描き、映画化もされました。 また、ギャグ漫画「まことちゃん」は、幼稚園児の主人公が手の中指と小指を折り曲げる“グワシ”のポーズが大ブレイクし、社会現象にもなりました。 トレードマークの赤と白のボーダー柄のシャツや明るいキャラク
スクエアプッシャーことトム・ジェンキンソンのデビュー作『Feed Me Weird Things』がリリース25周年を迎えた。1996年にエイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスによるレーベル、Rephlexよりリリースされた本作は革新的だった。高速で複雑なドラムンベースのビートに耳を奪われるが、そこに生演奏のエレクトリック・ベースを併せたサウンドは今でも唯一無二だ。 ここでのトム・ジェンキンソン自身のベーシストとしての存在感はすさまじいものがある。単純にテクニックが尋常ではないのだ。それがビートとオーガニックに組み合わされている。スクエアプッシャーの作品を改めて聴き直してみると、ループのビートの上で即興演奏しているレイヤー的な作りではなく、それぞれの楽器が有機的に絡み合っていて、セッション的な作りになっている。恐ろしいことにそれはデビュー作の時点で完成されていた。今から25年
FASHIONSNAP(以下、F):「ウィリー・スミス(WILLI SMITH)」は1980年代のデザイナーですよね。10年近くファッション業界にいますが、正直名前を聞いたことがある程度です。どんな人なのでしょうか? 栗野宏文(以下、栗野):1980年代にニューヨークに登場した最初のアフリカ系アメリカ人デザイナーです。当時はジェフリー・バンクス(Jeffrey Banks)など他にも黒人デザイナーはいましたが、彼らはトラッドだった。その点ウィリー・スミスのようにポップですごくクリエイティブなものを作る黒人デザイナーは他にいなかったんです。 F:これは女性も似合いそうなロング丈シャツですね。 栗野:パジャマみたいな雰囲気もありますが、裾はシャツテール、袖はガウンのようなディテールになっています。僕がまだビームス(BEAMS)にいたときにワンシーズンだけ仕入れたことがあったんです。ところがいき
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