しかしこの社会の働き方を、全身ではなく、「半身」に変えることができたら、どうだろうか。半身で「仕事の文脈」を持ち、もう半身は、「別の文脈」を取り入れる余裕ができるはずだ。そう、私が提案している「半身で働く社会」とは、働いていても本が読める社会なのである。 (三宅香帆 著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』集英社新書、2024) おはようございます。2週間くらい前でしょうか。教育学者の西川純さんが Facebook に「教員は副業としては最高。これが分かる社会が来るだろう」と書き込んでいました。「半身で働く社会」を提案している三宅香帆さんも首肯するであろう予言です。私も首がもげるくらい頷きました。 右足は教室に、左足は教室の外に。 教室の外で出逢った「人・モノ・コト」を授業につなげることができれば、換言すれば「別の文脈」を授業につなげることができれば、楽しい。担任が「楽しい」と感じていれ