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転職に関するsasaplus1のブックマーク (63)

  • 【自己PR】私の異常な就職 または私は如何にして就職活動をするのを止めても定職に就くことが出来たか - Everything you've ever Dreamed

    おかげさまで新しい職場で素晴らしい仲間たちに囲まれて忙しくも充実した毎日を過ごしている。信じられないのは毎朝鏡に映る自分の顔、そして表情。弾道ミサイル発射直後に「米国を正義の炎で無慈悲に焼き尽くす」などとイキってる平壌市民のようにエネルギッシュなのだ。万歳。ほんの1ヶ月前まで炎天下の駐車場の片隅で熱中症に震えながらアルバイトしていたのがウソみたいだ。今だから言える。8ヶ月超の失業期間は想定外だったけれども僕の蘇生には必要な時間だったと。ハロワに通わない。求人情報も検索しない。傍目には昼スナック通いの怠け者にしか見えなかったであろう僕が如何に前職以上の待遇で超ホワイトな環境の会社への転職を叶えたか。ひとことでいえば発想の転換に尽きる。きっかけは幸薄そうな顔面をしたハロワ職員との就職相談でのやり取りだった。僕が真顔で希望の仕事・待遇をカミングアウトすると幸薄男は「そんな好条件の仕事はここにはあ

    【自己PR】私の異常な就職 または私は如何にして就職活動をするのを止めても定職に就くことが出来たか - Everything you've ever Dreamed
  • 【前編】転職活動で気づいた、採用が下手な会社と上手な会社 - ジンジニアニッキ!

    様々な事情があってしばらく自宅警備員をしながら転職活動をしていたのですが、ようやく落ち着いたので書いています。 タイトルちょっと煽り気味ですが、今回の転職活動では20社くらいの話を聞いたりしていました。 そこで「なるほどなぁ」って思うこともあったのでちょっとまとめてみようかなと思った次第です。 記事をを書くにあたっての前提として、自分のステータスですが 後期アラサーなので社会人経験も人生経験がそれなりにあり、第二新卒ではもうないし、「若手」とも言えずベテランに片足突っ込んでる感じ 人材紹介会社にいたりコミュニティにいたり採用人事やってたりなどしているので、IT業界の他社のことはなんとなく情報が自動的に入ってくる (転職活動の中で気づいたことだが)経験年数の割にどうやら仕事上の修羅場経験はそこそこある 今回は人事とかバックオフィスとかのいわゆる「ビジネス系職種(エンジニアではない)」で転職

    【前編】転職活動で気づいた、採用が下手な会社と上手な会社 - ジンジニアニッキ!
  • Nota.Inc(Gyazo/Scrapbox)を退職します - makedrobunepublic - Scrapbox

    /icons/finger-right.icon お仕事募集しております /icons/finger-left.icon ご連絡は drobune までお願いします

    Nota.Inc(Gyazo/Scrapbox)を退職します - makedrobunepublic - Scrapbox
  • 転職してから1ヶ月経ったらしい

    実は転職初日に書こうと思っていたのに気づいたら1ヶ月経っていた😇 一応、ネット上では明示的には所属組織を明らかにしていないマンなので、その辺りはふわっとさせておく。 転職の動機一言でまとめると、いわゆる音楽性の違いというやつ。 もちろん下記以外にも他にもいろいろある。 経営の意思決定内容に一社員として納得感が持てないことが多くなってきたことによる、経営方針へのミスマッチ。詳しい話はNDA的によくなさそうなので割愛。 個人的にソシャゲのガチャが好きではなかったのに、それを提供する側になっていたことによる、事業内容のミスマッチ。他と比較するとガチャの厳しさはゆるかったが、それでも違和感を感じてしまっていた。 個人的にどうありたいかという方針と会社の方針がずれることは仕方のないことだと思う。無理に合わせたりするのではなく、その時々で方針がマッチするところに所属するのが幸せそうだ。 転職先はどう

  • 転職ドラフトで給料値切った / 値切ろうとした会社まとめ

    今後のために記録しておく。ほかにもあったら教えてほしい、ただし、ソースのないものは載せない方向で。 Yahoo! Japanソース: http://anond.hatelabo.jp/20160925170021 ところが、内定通知と同時に提示された年収が想定していた額とかなり違っていた。 Y社からのドラフトでの指名額は550万で、転職ドラフトのルールでは指名額の9割以上を保証という事だったので、最悪でも495万以上のはずであると思っていた。 実際に提示された金額は4,288,000円、月給では268,000円。 人事担当者の説明では、この金額にみなし残業時間25時間分が付き実際には4,912,228円になる。Y社とあるけどまあYahoo! Japanだよね。 https://job-draft.jp/festivals/2/companies にYで始まる会社は一社しかないし。 転職ドラ

    転職ドラフトで給料値切った / 値切ろうとした会社まとめ
  • 転職ドラフト経由でY社の内定貰ったけど - はてな匿名ダイアリー

    提示された金額が指名時の金額と大きく違っていて辞退することになった。 こんな事を書くと関係者からは余裕で特定されると思うが、それでも問題提起したかったので書く。 転職ドラフトという、企業がWebエンジニアのプロフィールや職務経歴書を見て年収付きで指名を出すというサービス(イベント)がある。 「今までの転職活動は選考の最終段階になって初めて年収を提示されるためミスマッチが起きやすい。転職ドラフトではリアルな年収が最初に分かりその上で選考に進むか判断出来る!」というエンジニア目線がウリらしい。 https://job-draft.jp/ 面白そうだと思ったので登録してみたところ、大変有り難い事に500万~600万で6社ほどから指名を貰えた。 その中で興味のあった大手Y社の指名を承認し、面談で会社説明を聞いたあと改めて履歴書や経歴書を送りエントリーし、適性試験や数回の面接を経てとうとう内定を貰っ

    転職ドラフト経由でY社の内定貰ったけど - はてな匿名ダイアリー
  • ソフトウェアエンジニアが転職するときに気をつけること

    いままで3回転職したけど、うまく行ったこともあるし行かなかったこともある。いままではわりと気軽に転職先を決めてしまっていたのだけど、そろそろ慎重に行かないと後がないなという危機感を覚えたので、とりあえず今までのことを振り返って気をつけるポイントを書いてみようと思う。 自分はこんな感じのエンジニアです。 技術的には広く浅くタイプデザイン・インフラは不得意マネージメントは不得意 いままで所属していたのは上場企業が多かったが、スタートアップも経験済み情報収集編IRを読め、短信だけでいいからこれまで何をしてきたか、これから何をするつもりなのか、会社の強みは何なのか、今後考えられるリスクをどう捉えているのか。上場企業ならばIRという形で外向けに情報を発信しているので、それを読むのはかなり大事。 で、具体的に書いてなくてよくわからないところが絶対あるはずなので、それを面談で聞く。ピンと来なかったらその

    ソフトウェアエンジニアが転職するときに気をつけること
  • 富士通を退職して思うこと - はてな匿名ダイアリー

    筆者は、新卒で入社した富士通を三年で退職した。 退職から一年が経過し、新しい職場(WEBベンチャー企業)での仕事に慣れたこと、 また、富士通の同期入社の友人から頻繁に転職相談を受けるようになったこともあり、エントリを執筆する。 はじめに、筆者の退職理由を簡単に述べると、富士通という会社に未来を感じなかったことと、やりたい仕事はできないだろうと判断したためである。 参考までに、筆者は公共機関向けのシステム開発部門に所属していた。 担当していた業務は様々で、小規模なシステム開発や、子会社・下請企業の管理であった。 1.成果主義を謳いながら実態は年功序列主義 富士通には、人材キャリアフレームワークという社員評価制度があり、現場には、入社何年目はこのレベルの仕事、といった暗黙の了解がある。 人の能力や意欲とは全く無関係に、入社後の経過年数で、仕事の裁量の幅が大きく制限される。 このことはいわ

    富士通を退職して思うこと - はてな匿名ダイアリー
  • 転職エージェントについて - kuenishi's blog

    さて先日いくつかの転職エージェントと接触したので、その経緯や結末をうまくボカしつつここに記しておくことにする。日曜の午後のヒマつぶしになると幸いである。 狭い業界、知り合いの方が多いのだがなぜ転職エージェントにアクセスしてみようと思ったかというと、実は世間は広くて、私の知らない面白いことをやっている会社が沢山あるのではないかとふと不安に駆られたからだ。このままでは大海を知るためには、結局アメリカや欧州へ渡るしかなくなってしまう。このままでは拙い。酔っていたせいでもある。ある日思い立って、Gmailを "Opportunities" とかそういうので検索しまくって、適当にメールをいくつかのエージェントに送った。夜中に酔った勢いで書いたものだから、短く簡潔で素晴らしいメールになった。 Thank you for reaching out to me. I'm getting more inte

    転職エージェントについて - kuenishi's blog
  • サイボウズ・ラボを退職しました(ご挨拶) - 竹迫の近況報告

    2015年8月末をもって竹迫はサイボウズ・ラボ株式会社を退職いたしました。勤続年数は長く9年10ヶ月でした。 在職中は様々な活動を通して多くの皆様よりご指導ご鞭撻をいただきまして誠にありがとうございました。 まだまだ未熟だった私もサイボウズの中では多くのことを学びまして、自分自身も人間として大きく成長することができました。 サイボウズ・ラボの設立背景(10年前) 思い起こせば、私がサイボウズ・ラボに入社したのは2005年11月で、当時はまだラボを設立したばかりの立ち上げ期の頃でした。 リージャス赤坂のレンタルオフィスの一室を借りて、畑さん、akkyさん、kazuhoさんと4人で机を並べて、仕事を開始したのは良い思い出です。 それまでのサイボウズは関西人のノリでダジャレのキャンペーンをよく実施していたためか、どちらかというと宣伝やマーケティングにうまい会社と思われており、なかなか技術の会社と

    サイボウズ・ラボを退職しました(ご挨拶) - 竹迫の近況報告
  • 月給20万のWeb制作会社を退職しました - 働くことを学ぶついに

    仕事=生活の全てだった2年間を経て、システム受託開発会社バズー株式会社を退職しました。日10名・海外支社50名ほどのドベンチャーでしたが、社会人として重要なことを全て学べた環境でした。学んだこと・経験したこと・これから活かしたいことを自戒の念を込めて時系列でまとめたいと思います。 入社時:MBA合格したけど初任給20万円を選択 大学時代はMBA受験したり、起業したり、それなりに楽しい時間を過ごしていましたが、そろそろ企業で働いてみようかなと思ったタイミングでした。大学時代の先輩に誘われ第二新卒として6月に入社。ダイレクトリクルーティングなるものですね。初任給20万円でしたが自分なんかが企業に拾えてもらったことが何より嬉しかったです。人のつながりは重要と心底実感。 1ヶ月~3ヶ月:コスト扱いされたくなかった 新卒だろうが数字を挙げない奴は「コスト君」と呼ばれる文化に衝撃を受けました。4月入

    月給20万のWeb制作会社を退職しました - 働くことを学ぶついに
  • 東証一部 日本システムウエア株式会社を退職してました。大阪の C# の会社 株式会社ディーバに入社しました。

    昨年の2014年4月に、東証一部上場 日システムウエア株式会社(社 渋谷・社員数 1,556名)を退職しました(実際に出勤していたのは2014年3月まで)。 給与・賞与 2007年3月に大学院卒、4月に入社、丸7年務めた最後の月 2014年3月の給与明細を公開しておきますね。 ちなみに、2016年度予定の大学院卒(修士)の初任給 は、207,000円です(明細の役割給のところ)。プラス住宅手当が5,000~16,000円出ます。当時の初任給とは異なりますが、7年務めて1万円程度の昇給でした。 賞与は年2回。それぞれ1.5ヶ月分程度(30万円前後)もらっていた記憶です。明細は保管していない・Web 通帳は3ヶ月分しか記録されていないので、データはないです。 みなし残業制ではなく、残業は1分単位で支給される普通の会社です。 業務内容 派遣業を主とした会社ではないですが、入社1年目の10月か

    東証一部 日本システムウエア株式会社を退職してました。大阪の C# の会社 株式会社ディーバに入社しました。
  • 株式会社GMOペパボに入社しました

    GMOペパボ株式会社 個人が個人のブログにブログ記事を書くときに「個人のブログです」って明言しなければならない時代を生きるみなさん、こんにちは。june29 です。表題の通り、ペパボで働くことになったのでご報告です。 「自分がユーザとして愛用しているサービスの開発に参加しよう!」と思って、所属は「30days Album」の開発チームを希望し、そのようになりました。チームのみなさんがそうしているように、ぼくも玄人っぽくサービスのことを「デイズ」って自然と呼べるようになりたいです。いやー、にしても、そのデイズ?がね、世に出たときには相当な衝撃を受けたのを今でも覚えているんですよ。そのデイズを生んだ人たち、育ててきた人たちのお話を直に聞けるだけでも俺得感が満載です。 ペパボの先輩社員であるところのしばた先輩が「やれることは無限にある」といった旨のことを言うのですが、当にそうだなぁとぼくも思い

    株式会社GMOペパボに入社しました
  • Microsoft に入社しました - まいんだーのはてなブログ

    失業エントリからはや1ヶ月、新しいチャレンジとしてこの5月から Microsoft で働くことにしました。 前職では "どスタートアップ" からいっぱしの上場企業になるまでのサービス基盤をやり遂げることが出来ました。 が、ここ半年ちょい、運用系仕事を減らしていた最中は “開発シフトしていきたい” みたいなことを思ってはいたのですが、失業して時間ができたので改めて振り返ってみて思い直したのは “自分はやはり基盤側の方により興味関心が強い” ということでした。 また、ハウジングの物理基盤から IaaS + SaaS へ移行させる取り組みをして感じたのは “開発技術や運用基盤の選択は生産性と俊敏性をより重視すべき” というものでした。 実際 AWS で EC2 を使っているユーザが BigQuery で集計/分析したりするような事例は沢山出てきており、SaaS, PaaS をウマイこと組み合わせ

    Microsoft に入社しました - まいんだーのはてなブログ
  • 就職しました - たごもりすメモ

    結局3月からそのまま働くことにしました。 先日のエントリを書いて以来、当に多くの方から声をかけていただきました。ありがとうございました。来なら個別にご報告するべきところですが、ちょっと数が多くて厳しいので、このエントリをもって報告にかえさせていただきます。 またいろいろと話を伺う中で考えたことなどもあるので、そちらについては別途エントリを書くつもりです。 様々な話を聞いた上で、1月末の時点では自分でもわかっていなかったことがわかりました。最終的に重視したのは以下の点です。 技術ベンチャーであること ベンチャー企業として大きな成功を狙っていること、またそれが有望に見えること 優秀なプログラマが同僚に多いこと 退職エントリに書いた観点のほかに、この3点が今回の自分にとって重要だということは後から見えてきたことでした。 ということで Treasure Data に入社しました。Softwar

    就職しました - たごもりすメモ
  • 株式会社メルカリに入社しました - blog.nomadscafe.jp

    入社なう pic.twitter.com/OSi3NaCAnV — masahiro nagano (@kazeburo) February 2, 2015 1000万ダウンロードと会社の2周年という記念の日に入社しました。 2周年を迎えたメルカリ、ダウンロード数は1000万超に - TechCrunch iOS、Androidアプリのダウンロード数はもちろん、商品の出品数や流通額も大幅に伸びています。また、アメリカでの展開等も進んでいるので、サーバ・フロントのエンジニアを募集しています。ご興味のある方はぜひご連絡くださいませ。 3月には六木ヒルズへのオフィス引越も予定されています。mixi入社前にlivedoorのセミナーでヒルズへ行ってから9年。ここに通うことになるとは思いもしませんでした。 今後の仕事 仕事は変わらずサーバ周りの運用・パフォーマンス改善、スケーラビリティの向上です。

  • リクルートテクノロジーズからGunosyに転職した - Jeffsuke is not a pen.

    退職 2014年12月末をもってリクルートテクノロジーズを退職しました。 糞プログラマだった私に、勉強期間とサポートを与えて頂いた。また、開発者として失敗をするチャンスや、最終的にはスクラムマスター的役割までやらせて頂いた。 1年3ヶ月と短い期間でしたが、とても良い経験を積めたと思っている。 自分にとって印象に残った点は、 大企業の安定感と、リクルート的スピード感のバランス ビジネスに対する嗅覚 人を大切にする社風 手を上げればやれる。 まずは、試してみようという文化。 逆に、慣れずに困った点は、 意思を表示し、手を上げないと、エスカレーター式にやりたい事が降ってくる事はまずない 良くも悪くも、やっぱり営業が強い会社 機能会社としての立ち位置(別ポストで詳しく書きました) より成果を出す人を見ていると、創業者江副さんの 自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ。 という言葉を実現できて

    リクルートテクノロジーズからGunosyに転職した - Jeffsuke is not a pen.
  • DeNAを退職してAWSにJoinしました - As a Futurist...

    タイトルの通りですが、12 月末で 6 年弱勤めた DeNA を退職して、1 月から AWSJoin してます。日の Solution Architect です。初めての B2B のお仕事なので新卒新入社員の気持ちです。新卒入社時の予定ではもうアメリカに留学してるはずだったのに、どうしてこうなったのやら。。。 さて、DeNA にはエンジニア未経験の状態からここまで力を付けさせてもらって大変感謝しています。売上に直接貢献するような仕事はほとんどできなかったですが、起こらなかった問題に対する貢献は少しは出来たかなと思っています。そういえばここではちゃんと書いてなかったですが、最後の1年間は MYCODE という遺伝子解析サービスの開発をゼロから行っていて、何もないところからリリースまで辿り着くという産みの苦しみを味わうことができて非常にエキサイティングでした。ちょっとだけですが Sec

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  • 株式会社ビープラウドを退社しました

    BPでは6年間、長い期間で勤めた。振り返ってみると、僕がBPに入った時にBPはだいぶ違う会社だった。6,7人の受託開発をする会社でほぼすべての受託案件は常駐だった。最初の1年間が一番忙しかった。そのときに入った案件は4,5ヶ月で終わったけど、他のメンバーとよく頑張ったせいか、その後、次々と案件が入ってきて、仕事がどんどん増えてきてきつくなった。それで、入社してから大体1年経ったところから会社が徐々に大きくなってきた。それとともに会社が信頼されて、常駐開発ではなく持ち帰って会社のオフィスで仕事をできるようになった。 その後、Pythonを持ち上げたり、connpassという自社サービスもやったり、いろいろおもしろい仕事ができた。 Pythonについて BPに入社したころ、Python仕事できる会社って相当なかった。ま、あったかもしれないけど、コミュニティもバラバラで、Python仕事した

  • 急成長中の会社をサクッと辞めた事に関して色々言われるので書くつもりがなかった退職エントリを書く : D-7 <altijd in beweging>

    タイトルの通りなんですが、某急成長中/快進撃中のあの企業を11月末ですごくサクッとやめて、イベント運営サポート・チケット販売システムをやっているスタートアップであるPeatixにジョインしました。とりあえずインフラ周りをがっつり整備する方向。 この話をするとわりと真顔で「え、なんで?あの会社を辞めるなんてなんか事件でもあったの?!」って感じの反応をされるんだけど、そういうことではないのでそこだけ説明のため好きでもない退職転職エントリを書いている次第です。 まず、なにか事件があったわけではない。べつになーんもなかった。子供のお迎えとかをしてても基文句も言われなかったとか、色々融通を効かせてくれてたのは明らかだし、そのまま居れば皆も知ってる勢いのある企業でボチボチ高給取りでいられたかなーとは思う。 だから退職せずにもっと良い方法を模索すればよかったのかなぁとは思わないではないけど、やっぱり

    急成長中の会社をサクッと辞めた事に関して色々言われるので書くつもりがなかった退職エントリを書く : D-7 <altijd in beweging>