「ダービースタリオン」シリーズの生みの親、薗部博之さん ©文藝春秋 撮影・杉山秀樹 ◆ ◆ ◆ ――薗部さんが最初のダビスタを作っていたのは20代の頃ですよね。それ以前から競馬のゲームを作りたかったのですか? 薗部 僕は1961年生まれで小さい頃はテレビゲームなんてもちろんなかったので、小学生の頃から自分で紙のゲームをつくって遊んでいました。紙製の野球盤を作ってペナントレースを開催してスコアを記録し、打率を手で計算して「首位打者は誰だ」とかやってたんです。電卓が発売されたとき狂喜乱舞しましたよ、「これで打率計算が楽になる!」って(笑)。 初めてパソコンを買って半年でゲーム制作の道に ――実は野球の方が好きだった。 薗部 そうですね。パソコンが出はじめたときには、これで野球ゲームをつくれないかと思うようになりました。大学3年生だった1982年の10月にパソコンを自分で買って、その2カ月後にエ