GET THE GLORY LAUGHIN' NOSE
10万はてなポイントを進呈します。東浩紀の歴史修正主義を基礎づける記述が<デリダの文献にある>ことを発見できたら http://d.hatena.ne.jp/toled/20081128/p1 進化論否定論者のように南京虐殺を扱う東浩紀 http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20081130/1228056396 さすがにこれについては本人、この対談の中でもう少し触れています。 『リアルのゆくえ』pp.220 - 221 東 (前略)個人の価値観でこういう風に生きてもらいたいとか、こういうふうに生きるべきだということを、友人や知人に言うことと、社会のみんながそれを信じるかどうかということについての予測は、まったく関係がないでしょう。その時に、ぼくは、そういう友人や知人を増やしていきたいとは思う。それこそが希望だから。でもそれは社会への絶望と両立するしか
歴史修正主義に対するポストモダン哲学からの最悪の返答 - 小烏丸の日記 上記記事に関連 このblogはblog界の僻地に位置しているのでなんですが hirokiazuma.com べつにこの問題を(あえて問題と言うが)、問題視している人にとっても南京大虐殺を否定する歴史修正主義者を、言論空間から全面追放せよとは言ってはいないだろう。 もし、このように考えるならばこの範囲においては東浩紀氏と共通認識を持てるはずである。(例えば、ドイツなどではこの手の発言は場合によっては法律上問題となる場合がある。そういう意味で、戦後ドイツでの歴史修正主義は非常に巧妙な道をとったし、とらざるを得なかったとも言える。逆コース・東西分割と並び、戦後ドイツと戦後日本の大きな違いの一つではあるだろう。) しかし、この問題を問題視する人の多くは、南京大虐殺者を否定する歴史修正主義者の居る領域は縮減されなければならない(
映画『男はつらいよ』シリーズの第一作が世に出てことしは四十年目、また主演の渥美清が死んで十三回忌になる。とあって世間は゛カムバック寅さん″ブームだが、寅のせりふでいちばん気に入っているのはこれだ。 「てめえ、さしずめインテリだな」 この「さしずめ」という言い回しに、なんとも言えない味とおかしみがある。 第十二作『私の寅さん』では、画家のりつ子に「インテリと便所のなめくじぐらい嫌いなものはねえ。吐き気がすらあ」と言っているそうだ(志村史夫著『寅さんに学ぶ日本人の「生き方」』(扶桑社)。 寅がなめくじ同様インテリが嫌いなのは、やさしくいえばいいものをわざわざ持って回って難しい言い回しをするやからが多いからだろう。ひらがなや日本語を使えばいいところを、難しい漢語やカタカナの外来語を振り回す。学をひけらかすのだ。ハハーン、案ずるにてめえは…と寅がいうのは、嫌悪というよりは軽蔑の対象である。
羽入辰郎の『学問とは何か』(ミネルヴァ書房)という大著は、先の『マックス・ヴェーバーの犯罪』に対する折原浩一派の執拗でかつヴェーバー教に凝り固まった攻撃への反論の書である。実に分厚い。 その中に、本論とはとりあえず無関係なエピソードとして、1984年の春、山中湖で起きた、東大のオリエンテーション合宿の際の五人の死亡事件のことが出ている。羽入は埼玉大学を出てからいったん精神科のソーシャル・ワーカーとして働き、東大に再入学していたから、当時31歳になっていた。そしてこの事件の際、救助の陣頭指揮をとったという。 そこに「市川芳孝」という名で、ボートに乗っていながら助かった当時の二年生が出てくる。仮名としてあるが、今では駒場で医療社会学を教えているとあるから、市野川容孝以外ではありえない。市野川は64年生まれである。この事件当時、私は英文科の三年生になったところだった。 酒に酔って深夜、ボートで、
ぼくは東浩紀の著作は『動物化するポストモダン』しか読んでいない*1。それでも,その時は素直に面白いと思って感心しながら読んでいたので,あれの著者がこんな馬鹿げた事を言ってしまうというのは残念だ。 歴史認識問題についていくつか - 東浩紀の渦状言論 元のタイトルは「虐殺問題についていくつか」だった。はてブを見ればわかる。何故変えたのかはよくわからない(推測はできるが,あくまで当て推量でしかないから言わない)。彼はこうのたまう。ちなみに、ぼくは90年代前半に南京に旅行で言ったことがあります。同じ時期にアウシュヴィッツにも行きました。アウシュヴィッツ(ビルケナウ)にはまだ人骨が転がっていました。ぼくは、そのとき手で掬った灰の感触をいまでも覚えている。他方、南京のほうはといえば、記念館は意外に小さな作りで、しかもなかの資料は本多勝一の著書からの孫引きばかりだった(具体的には多くのパネルが本多の著書
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
PC用オーディオボード、USBオーディオモジュールやオーディオ機能を重視したMedia Center PCの開発といった、日本の老舗のオーディオ専業メーカーとしては珍しくPC業界と深い関わりがあったオンキヨーが、PC製造メーカーのソーテックを買収したのが2007年7月のこと。その後、デジタルアンプ内蔵のAPX-2といったオーディオコンピュータを発売する一方、ソーテックブランドではノート型のUltra Low Cost PC(ULCPC)、いわゆるネットブックを国内メーカーとして初めて発表した。 そして今回、同じくULCPCの枠組みで開発したのが「SOTEC HDC-1L」である。見た目は「HDC-1.0」とほぼ同じだが、ブランド名はオンキヨーではなくソーテックを名乗る。HDC-1.0と同じく“音の良いPC”を目指しつつ、ULPCの枠組みで低価格化したネットトップ版HDC-1.0といった位置
アキハバラをビジネスモデルとして見た場合、それを最も正確に理解するには、「コミックとらのあな」に飛び込んでみることだ。1994年に神田明神下の雑居ビルでスタートした同店は、まるで同人誌のようなゆるい店舗名で、新世紀にかけて“萌え”マーケットをリードした。とらのあなを運営する株式会社虎の穴社長の吉田博高氏に、アスキー総研所長 遠藤 諭が聞いた。 吉田 博高(よしだ ひろたか) 株式会社虎の穴 代表取締役社長 1970年東京都世田谷区生まれ。'88年に工業高校卒業後、'94年に虎の穴を創業。'96年に法人化し、2003年には株式会社に改組。趣味はガジェット、パソコン、モバイル機器の収集や、海外の“OTAKU”研究。現在、法政大学大学院イノベーション研究科にて勉強中で、学生向けに大学や大学院などでの講義も随時行っている。 マンガ、ゲームなどをここに集積 ―― 現在の、コミックとらのあなの事業内容
堀江由衣にはちんこが生えている http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20050829#1125327476 http://d.hatena.ne.jp/K_NATSUBA/20050829#1125332167 いい機会なので一言しておきたい。 私の知るすべての声オタは、「堀江由衣にはちんこが生えている」との共通見解を抱いている。私は声オタではないが、同じ見解を抱いている。 これはもちろん、解剖学的な事実をいうものではないし、トランスセクシュアルだというのでもない。演技の発想、キャラクターの解釈が、「ちんこが生えている」という隠喩がぴったりくる、という意味だ。 たとえば、To Heartのマルチをショタくさく演じるという発想。あれは私にとってはコペルニクス的転回だった。ロボットだから中性的に演じる、という手は常にある。セリオが無性的なのに対してマルチは両性的、という手
先日本屋に行ったら、バスタードの25巻を見かけた。これは確か読んでいなかったと思い、買って読んだ。書き込み方は、すごい。絵のクオリティは果てしなく高く美麗だ。だが、話の筋が、たぶん数十分しか進んでいない。24巻からどれだけの時間がたってたっけ。たぶん俺は、バスタードの結末を読むことなく死ぬな、と確信した。 作者の言葉がどこかに書いてあった。「このマンガももう始まってから、二十年です」と。この言葉を見て、バスタードとの出会いを思い出した。 バスタードが始まった当時、俺はまだ学生だったけど、週間少年ジャンプは5年以上は読んでいた。座右の銘は「影道冥皇拳」。立ち読みする事も多かったけど、学生になりお小遣いが上がってからは、結構買うようになった。そんな俺のジャンプ生活の中でも、バスタードが始まった時は衝撃だった。面白かった。何が面白かったのか、とにかく面白かった。ジャンプを毎週買い、ジャンプを解体
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