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トップダラー禍津に関するsphynxのブックマーク (22)

  • ロブ・ゾンビの最凶ホラー核弾頭『The Lords of Salem』には宗教冒涜が刻印されている - 1953ColdSummer

    The Lords of Salem (日公開未定) 2013/アメリカ 監督・脚:ロブ・ゾンビ 出演:シェリ・ムーン・ゾンビ/メグ・フォスター/他   春日の陽気に当てられつ、ずびずびと釜揚饂飩を啜っていたら、インターホンがぴんぽーん、ぴんぽーん、なんつて、人を召喚せしめやがる。  で、玄関に行くでしょう。相手が武装強盗/異常者でない事を念じりながら玄関のドアを開けるでしょう。はな、そこに立っていたのは魔女の宅急便。つっても、箒とを従えた黒頭陀のキキではなく、むしろそんな期待をしていた方が阿呆なのだけども、作業着のお兄さんが、春だからか、満面の笑みで「はいこれ」とブツをこちらに手渡し去ってゆく。何が魔女の宅急便じゃこの大木瓜がっ、と言いたくもなりましょうが、魔女、の主語は、陽気な配送員のお兄さんではなく、そこから手渡されたブツにかかっておるのであって、そのブツこそが此度紹介致したく

  • 『チョコレート・ソルジャー』 呑め! 蹴れ! 飛べ! でもメロドラマはやめるんだジージャー! - 1953ColdSummer

    チョコレート・ソルジャー  RAGING PHOENIX 2009/タイ  監督:ラーチェン・リムタラクーン 製作:プラッチャヤー・ピンゲーオ 主演:“ジージャー”ヤーニン・ウィサミタナン  酒は狂い水、般若湯などと申して、これを呑むとたいへんに愉快/楽しい気分になり、そんな愉快/楽しい気分がそうさせるのか、奇行に走る人も少なくはない。具体的に言うと、ゴリラがくしゃみを堪えたような顔をして嘔吐物を撒き散らす、かと思えば修士論文の仕上げに向かうようなキリッとした真顔で、でも下半身は裸で、陰茎を上下にブラブラさせながら深夜の公園で懸垂をする、などである。こうした傍から見るとちょっと近付きたくない人、自分の人生の路地に佇んでもらいたくない人をいとも容易くえげつなく量産できるのが酒精のおそろしいところで、何と言われようが酔い喰らっている人たちは愉快/楽しい気分であり、シラフの人とは見えている世界

  • 『コンテイジョン』 世界規模の見えない恐怖、狂える人々――。 - 1953ColdSummer

    コンテイジョン CONTAGION 2011/アメリカ G 監督:スティーヴン・ソダーバーグ  子供のころ、うわ、◯◯に触ってもうた、◯◯菌が付いてもうた、はい、タッチ! ノンノン、ぶー、バリア張った! という遊びをよくしていたものだが、餓鬼には菌類を物理的に遮断できる障壁を生成できる能力があるのか、という疑問はさて置いて、これは日的なるケガレ思想を無邪気なりに体現した、ある種のものの見方、民族性であると思うの。それが神道に基いたものであるとはよく知られているし、日人は他人の箸を使いたがらない、というのも、ややジョークに近しくした文脈で人口に膾炙しておる。  潔癖であることは悪くはないが、行き過ぎた潔癖はいじめ/差別に繋がるなどし、他人の人生をめちゃらくちゃらにしてしまう可能性、人生をめちゃらくちゃらにされた人が復讐のため殺人、とどめに火を点けて一家鏖殺をする可能性、などもこれ払拭でき

  • 『インモータルズ -神々の戦い-』 RAGNAROK ――神々の黄昏 - 1953ColdSummer

    インモータルズ -神々の戦い- IMMORTALS 2011/アメリカ R15+ 監督:ターセム・シン・ダンドワール 衣装デザイン:石岡瑛子  『ザ・フォール/落下の王国』のターセム監督が、『300〈スリーハンドレッド〉』の製作スタッフと組んで贈るスペクタクル・アクション。  ギリシャ神話を題材に採った映画ということで、前日、夜なべをして段ボールで作った剣と盾を持ち、勇者のコスプレをしてシネコンに向かったのだが、警備員に「それを装備したまま入館することまかりならぬ」と言われ、泣く泣く入り口の脇に剣と盾を置いて行って鑑賞した。帰りには、やっぱり盗まれていたよ、剣と盾。夜なべをして作ったのに。  それはそうと、金ピカでマッチョで表現主義的で、爽快な映画であったとわたしは思うな。 『インモータルズ』なんて、陰毛を連想させる表題とは裏腹に、脛毛、腋毛、無駄毛の処理を施した美肌な神々が、はは、敵を、

  • 『デビル』 エレベータで乗り合わせたのは、悪魔――。 - 1953ColdSummer

    デビル  DEVIL 2011/アメリカ G 監督:ジョン・エリック・ドゥードル 製作・原案:M・ナイト・シャマラン  エレベータ、というか、狭い所、が、大嫌いである。  かかる場所に長居すると、苛々して視界がピンク色に染まってくるわ無闇矢鱈に金属バットを振り回したくなるわ「ばぶー!」と絶叫して周囲の人間の頭を平手でペチペチ叩きたくなるわで、精神衛生上まことに宜しくなく、またこうした症状も進行してくると閉所恐怖症などと相成って、狭い所に入れぬ理由を縷々述べねばならぬことになり、かかんでもいい恥をかき、または、ボタンひとつでエレベータを使い上階に行けるのにわざわざ階段を登らねばならなく、そもそも階段が設置されておらぬ建造物に入った場合、これどうしても上階に行けぬこととなって、大切な商談がお釈迦になる、100万ドルの夜景を楽しめなくなる、飛び降り自殺ができなくなる、と、人生の選択肢を大いに刈り

  • 完全犯罪の怪奇なる達成……達成? 『アリス・クリードの失踪』 - 1953ColdSummer

    アリス・クリードの失踪 THE DISAPPEARANCE OF ALICE CREED 2011/イギリス PG12 監督・脚:J・ブレイクソン  一般的に「完全犯罪」といえば、完全なる犯罪、すなわち、官憲に捕縛されることをせず、計画に乱れを生ずることをせず、それをすることによって享受される恩恵の一切をこぼすことをせず、かといって遊び心を忘れることをせず、「さらばだ、明智君」などとのたまいながらアドバルーンで空を飛んで逃げていくというような、はは、フィクショナリィな、血の通っていないような、そんな茫洋たる印象論で語られることこそあれど、具体論で論じられることは少ないように思える。だって具体的に言うと、それを実行する人間が出てきて、でも話は具体化されておるので、それは最早「完全犯罪」足り得ず、遅かれ早かれお縄を頂戴、町中を引きずり回された上、タバスコ入りのライフルでいじめられるなど、容易

  • おまえうまそうだな。『襲撃者の夜 食人族 the Final』 - 1953ColdSummer

    襲撃者の夜 人族 the Final  OFFSPRING 2009/アメリカ <未> 監督:アンドリュー・ヴァン・デン・ハウテン 原作:ジャック・ケッチャム『襲撃者の夜』  ジャック・ケッチャム『オフシーズン』の続編である『襲撃者の夜』単体の映画化……なのだが、一応ツカミには『オフシーズン』で何が起こったか、んでどうなったか、を簡易、簡便に説明するためのモノローグとフェイクニュースが挿入され、また作中に於いて事件を追っている警官が、至極説明的な台詞をサラっと、当にサラっとのたまってくださるので、『オフシーズン』未読でも作単体で楽しめる作り。なので、どんな盆暗であろうが阿呆であろうが幕下力士であろうが、「ああ、人喰族の生き残りが襲撃してくる話なのだね、はは、人喰族の生き残りが、ははは、夜に襲撃してくるから『襲撃者の夜』ってか。はははは」と、理解するに脳のカロリーをさほど消費することは

  • 荒木飛呂彦の「恐怖」の原点。『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』 - 1953ColdSummer

    列聖の漫画家、荒木飛呂彦によるホラー映画短評集。  定説から独説に至るまでの見解と、メジャー作品からマイナー作品に至るまでの紹介が平易に解りやすく、しかし荒木節を崩さずにつらつらと綴られており、ジャンル映画愛好家、そして荒木飛呂彦の全作品ファンとしては非常に面白く読めた。    だいたいに於いて、ヒョーロン、ヒヒョー、ゲンセツなどで口に糊しておる人種というものを、パッと見、パッと聞いてみれば一見筋の通った、理屈、理論で押し切るような、何となく偉くて凄いことを言っておるように感じてしまいがちなものであるが、その実、はは、乃公が如き類人猿には何を喋っておるのかさっぱり訳が分からぬ場合があり、さてどうすれば類人猿にご立派なヒョーロン、ヒヒョー、ゲンセツをぶつことができるのか、という問題が生じてくるものだが、はは、これは簡単なことで、猿には猿の言葉で喋ってやればよく、「何をのたまうか、こちらは人間

  • スピリチュアル放火犯? 冗談を。『ストーン』 - 1953ColdSummer

    ストーン STONE 2010/アメリカ R15+ 監督:ジョン・カラン  ミラ・ジョヴォヴィッチという人に関しては、闘ったり、脱いでおっぱい出したり、また闘ったり、かと思えばおっぱい出したり、闘うと見せかけて脱いだり、といった印象で語られることが多かろうと思う。たまによく解らん文芸映画に出たり、フォースが掻いーどとかいう映画にも出ていたりするのだがそんな映画は知らん。とにかく、豪快に闘って気前よく脱ぐスレンダー美人というパブリック・イメージありきでミラを語るのは別段間違ってはいないし、むしろよく解らん文芸映画やフォースカ印度とかいう映画を根拠にミラの女優としての演技の幅が、なんてことをモゴモゴとほざくシネフィルさんたちを見かけたら、おほほ、とひとしきり嘲笑した挙句、夫の怒りと称してPDAパンチ(ポール・ダメな方の・アンダーソン・パンチ。スーパーコンボ)を裂帛の気合と共に繰り出すことであろ

  • 不気味の谷を乗り越えて『スプライス』(結合) - 1953ColdSummer

    スプライス SPLICE 2011/カナダ・フランス R15+ 監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ 製作総指揮:ギレルモ・デル・トロ  と夫、2人の科学者が会社の方針に反して、現代のキマイラ(人間の遺伝子入り!)とでも形容すべき微グロでキモカワイイクリーチャーを造り出してしまい、それに振り回される話……と要約すると、悲劇か莫迦の気配しか感じないのはご愛嬌だが、ヴィンチェンゾ・ナタリとギレルモ・デル・トロという輝かしい才能がタッグを組んだこの映画は、流石に莫迦の一言では片付けられない怪作っぷりを発揮しており、個人的には『エイリアン』的なSFホラーの話を体系立ててするときに、引用されてもおかしくはないくらいの作品だと感じた。  ただ単に被造物が凶暴化してドタバタするだけというベタなアクションなんかではなく、生命の想像や、それと交わる禁忌に焦点が当てられており、その意味では何となく『フランケンシュタ

  • 『ザ・ライト -エクソシストの真実-』はエクソシズム問題を跨いだ怪作。 - 1953ColdSummer

    この映画の何を自粛するべきだったのかとんと分からないが、とにかく震災のせいで公開が3週間ほど遅れてしまった悪魔祓い映画。その懐かしいオカルトテイストなフレーバーにクラクラとやられてしまう。  異端だが一流のエクソシスト、という役にアンソニー・ホプキンスを持ってきたのは……まあ、盛大なネタバレになってしまうので書くのは「自粛」するが、作のクライマックスを観るに、やはりレクター博士を怪演しそのレッテルに困っているアンソニー・ホプキンスならではの役柄だったと思う。人もエージェントが仕事を持ってきたときに「また気味の悪い男役か」と躊躇したらしいが、そんな純朴さも映画の魔法の前には意味成さず、ものすごく役にハマっておりました。 『ザ・ライト -エクソシストの真実-』は、ドキュメントタッチながらも少々の恐怖描写を織り込んで、アメリカから来た信仰に懐疑的な悪魔祓い見習いが、師となる「異端ながら一流」

  • 『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』 原作をカリカチュアライズしたら漫画以下になりました。 (2010/日本 G 監督:中田秀夫 原作:米澤穂信『インシテミル』) - 1953ColdSummer

    1953ColdSummer : 『インシテミル 7日間のデス・ゲーム』 原作をカリカチュアライズしたら漫画以下になりました。 (2010/日 G 監督:中田秀夫 原作:米澤穂信『インシテミル』) 藤原竜也演じるフリーターが、時給11万2千円という破格の報酬に釣られてホイホイ出かけて行ったら、そこは疑心暗鬼渦巻く死の館でしたよ。というお話。  米澤穂信のベストセラーが原作なので、公開当時は楽しみにしていた人も多かったのだろうが、そのあまりの改悪っぷり(綾瀬はるかとか綾瀬はるかとか綾瀬はるかとか)に、観た後にゲロを喉に詰まらせて死んだ人間が多数出たとか出ないとか。  作の監督の中田秀夫といえば『リング』や『仄暗い水の底から』の人、と説明すればおおよその人には「ああ」と分かっていただけるだろうが、『L change the WorLd』の監督の人、というと急に人間の屑のように思えてくるから

  • 『悪魔を見た』 怪物と闘う者は自らが怪物と化さぬように心せよ。 (2011/韓国 R18+ 監督:キム・ジウン) - 1953ColdSummer

    1953ColdSummer : 『悪魔を見た』 怪物と闘う者は自らが怪物と化さぬように心せよ。 (2011/韓国 R18+ 監督:キム・ジウン) 確かに作は、表面的に見れば「復讐は報復を生み、暴力は連鎖する。ああ虚しい」といった文脈上に収まるノワールだ。徹底的に暴力、背徳的な描写がエクスプロイトされた作には、直接的な殺傷行為という横糸と、観念的な「怪物と闘う者自身が怪物と化してゆく」という縦糸で作品全体が織り込まれており、怪物相手に復讐を果たしていく過程で、また自らも深遠に覗き込まれ……というニーチェのアレを、至極唯物的に弁証している。物質――身体が来的なものであって、そこに与えうるダメージ、つまり殺人や傷害といった行為がまずあって、生首、死体の山、下痢便(これがまたリアルで……)といったガジェットは、その存在から有機的に意識を発展させていく。凶行へ、復讐へと。 『悪魔を見た』に於

  • 『ヒア アフター』 シャマラン先生のスピリチュアルギャグ……えっイーストウッドとスピルバーグ!? (2011/アメリカ G 監督:クリント・イーストウッド 製作総指揮:スティーヴン

    1953ColdSummer : 『ヒア アフター』 シャマラン先生のスピリチュアルギャグ……えっイーストウッドとスピルバーグ!? (2011/アメリカ G 監督:クリント・イーストウッド 製作総指揮:スティーヴン・スピルバーグ) 「死後の世界」とか「魂魄」だとか「輪廻」だとか、そんなジョークを真顔で飛ばしていいのは、それでメシうための宗教やってる人か、自分のギャグに余程の自信を持つ専業コメディアンだけだ。  というのも、どうとでも解釈できるものをどうとでも解釈させないように規定して、ほらどうだ、と、したり顔で説明をおっ始めるのは非常に面倒くさいし、聞く方も退屈或いは不快極まりないであろうことは火を見るよりも明らかであるので、その手の話をおまんまの種にしているか、もしくは気違いでもない限り、「死後の世界」とか「魂魄」だとか「輪廻」だとか、イタコだとか口寄せだとか、狐憑きに死人憑き、お岩の

  • 『ぼくのエリ 200歳の少女』 それでも僕は殺人を肯定する。 (2010/スウェーデン PG12 監督:トーマス・アルフレッドソン 原案:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『モールス』)

    1953ColdSummer : 『ぼくのエリ 200歳の少女』 それでも僕は殺人を肯定する。 (2010/スウェーデン PG12 監督:トーマス・アルフレッドソン 原案:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『モールス』) 何がここまで美しいのだろう。  スウェーデンの雪景色? 主演2人の子役の美貌? 12歳という限定された時代にのみ覚える淡い恋慕?  それらの漠然とした美しさを以て「美しい映画だった」と書き捨てることは簡単だ。だが、それをしてしまっては、「200歳の少女」というふざけきった邦題に屈するに等しい恥辱を味わうことになる。  輪郭をぼやけさせたまま、何だかふわふわした意味で用いられる「ファンタジー」という形容に逃避しないことが、良質な「ファンタジー」を読み解くためのコツである。「ファンタジー」という部分は、「ホラー」や「ボーイ・ミーツ・ガール」と置き換えてもいい。 『ぼくのエリ 

  • 『ソーシャル・ネットワーク』 決して読めない心の闇と資本主義の神話の創造。 (2011/アメリカ PG12 監督:デヴィッド・フィンチャー 原作:ベン・メズリック『facebook』) - 1953ColdSum

    1953ColdSummer : 『ソーシャル・ネットワーク』 決して読めない心の闇と資主義の神話の創造。 (2011/アメリカ PG12 監督:デヴィッド・フィンチャー 原作:ベン・メズリック『facebook』) 『ソーシャル・ネットワーク』というタイトルと、それ(Facebook)を作った実在の人間、マーク・ザッカーバーグの話だという断片的な情報から作を敬遠する向きもあろうが、実は作はそんな成金IT長者の立志伝などではなく、早い話が、Facebookという「単なるツール」を媒介としたコミュニケーション障害者の表層をなぞったブラック・コメディであって、マーク・ザッカーバーグという人の興した事業やそのキャラクターなんかは極端にデフォルメされており、フィンチャー流のキレのいいカメラワークと会話劇でどこかコミックじみた展開すら見せる。  そんな作では、マーク・ザッカーバーグを筆頭とす

  • 『9 ナイン』 やたらしつこい「9」の意味にハッと納得。 (2007/アメリカ 監督:ジョン・オーガスト) - 1953ColdSummer

    1953ColdSummer : 『9 ナイン』 やたらしつこい「9」の意味にハッと納得。 (2007/アメリカ 監督:ジョン・オーガスト) ティム・バートン作品の数々を筆頭に、「売れる脚」を手がけてきたジョン・オーガストの長編監督デビュー作。 「脚の力」にとても自覚的で、すごく前衛風味ながらも落ち着くべきところにオチは落ち、って、3回も繰り返す必要はないか。そんな言い分とは関係ないのだが、章立てで「3つの現実」が繰り返すその構成から判断するに、まあ、これは良質なSFの範疇に入れていいと思う。ガチガチ理論武装のサイ・ファイではなく、現実に足を着けながらもちょっと浮遊感を感じるタイプのSFというか。それを専門用語でどう呼称するのか知らないけど、藤子不二雄風の「すこしふしぎな」タイプのお話だと思って観るといいと思う。  とても巧妙に取り繕われられた現実が、その巧妙さ故に現実ではないと看破さ

  • 『高慢と偏見とゾンビ』(著作:ジェイン・オースティン&セス・グレアム=スミス 訳:安原和見)読了。ロマンスと首チョンパ。 1953ColdSummer

    例えば高校生が、古典の授業中にちょろっと妄想してしまったような、作者の顔写真にヒゲを書き足してプププっと自分ウケしているような、そんな軽薄で冒涜的なノリを「マッシュアップ」と称し、ジェイン・オースティンの古典『高慢と偏見』にゾンビ要素を付け足し堂々と「マッシュアップ小説」と言って憚らない、何というか真顔で冗談を言われたような戸惑いすら覚えるゾンビ小説。だがしかし、「出オチ」と鼻で笑うことなかれ、オリジナル『高慢と偏見』を読んだ人間なら思わず笑ってしまうパロディ要素も随所に散りばめられ、冒涜的でありながらも原作に対する敬意を忘れていない、そんな作品に仕上がっている。  問題は、大昔に読んだ『高慢と偏見』の内容なぞ綺麗さっぱり忘れてしまっていることなのだが。 「ゾンビ」の字面が強烈過ぎて、さまよう腐った死体ども、上品に言うとルシファーの軍勢たちの印象ありきで読む前はそれはもう妄想がすごいことに

  • 『リトル・リトル・クトゥルー』(編:東雅夫)読了。ラヴクラフト祭りは終わらない。 - 1953ColdSummer

    それなりに前評判が高かったものの「いつものクトゥルフか」とほとんどノーチェックだったので、いざ手に取ってみると、ネット上で知っている人の名前がたくさん載っていて、おほほ、チェックしてなくてすみません、当、しつけがなってなくて。と、見も知らぬ他人の子供の頭をぶん殴りたくなった。いや、この場合は穴があったら入りたい、と言うのが適切なのか。まあわたしはクトゥルー神話体系の邪神群の一柱ではないので穴蔵に潜り込む趣味なんざなく、普通に読み始めると、111編のお話とは言い条、800字縛りの掌編集なのですらすらと読み進めることができる。もちろん、楽しむためにはある程度はラヴクラフト作品の素養が必要とされるので、これを機にゲームやら漫画やらだけで満足せずに創元推理文庫の全集も併読し始めるような人たちが現れると嬉しい。  結論から言うと、期待通りというか、定形通りというか、日常のちょっとした恐怖や口伝的

  • 『フローズン』 極寒地獄コキュートスと狼地獄とボンクラ3人。 (2010/アメリカ G 監督:アダム・グリーン) - 1953ColdSummer

    1953ColdSummer : 『フローズン』 極寒地獄コキュートスと狼地獄とボンクラ3人。 (2010/アメリカ G 監督:アダム・グリーン) えっ嘘マジ!? リフト止まっちゃったんスけど! 俺らまだ乗ってるんスけど!?  って、それだけのワンアイデア映画。  要するにスキー場に来たボンクラ3人が料金誤魔化して夜間スキーを楽しもうとしたら、リフト係の手違いからリフトを止められてしまい、コースの上空で停止したまま凍え、来週まで誰も来ないと泣き喚き、挙句、周囲からは狼の鳴き声が聞こえてきた……! という、極めて限定的なシチュエーション・スリラー。監督は『HATCHET/ハチェット』に続いて長編2作目のアダム・グリーン。 楽しいスキーだったはずが、 極限の極寒・狼地獄を味わうハメに。  スキー場の上空という開放された空間なれど、リフトから実質身動きが取れないので、会話劇を基調として話は進む…