不在通知Pこと、rerofumiさんのblogよりオープンエモーションという考え方 気前が良い人、と言うのはよくわかる。 自分が持っているノウハウを伝えたところで、自分のノウハウが減るわけじゃないし むしろ、そのノウハウを得る経験(と環境)こそがノウハウの真髄であって、 伝えられることは所詮、一つの形態でしかないんだから。 オープンソース系の人のblogは(技術系として)面白いかどうかはともかく 自分のやっったことを曖昧にしか言わない人が多いと思う。 作業中の経過を書くとかじゃなくて 「コレを拾ってきたけど、うまくいかないからハックして適当に直したら出来た」 という感じのblog。別に文句言うわけじゃないんだけど、どうするのか教えてよーって思う。 まあ、うまくいかないから検索して行き着いたblogで"適当に"って言われるから 余計にそう思うんだろうけど。 # 判らないのは精進が足りないため
今日、少し調べ物をしたのだが、Wikipediaの記事が酷かった。 調べたのは精神分析についてなんだが、その特に酷い部分を引用する。 科学哲学者のカール・ポパーは、反証可能性を持つかどうかを「真の科学」であるかどうかを見分ける基準として提唱しており、 それ故彼は精神分析学は科学ではなくて疑似科学に過ぎないと断じた。 精神分析学はしばしばこの哲学に基づく批判を浴びることがあるが、精神分析学の方ではポパーの科学哲学に興味を払っておらず、 患者の発言内容や表情から治療者の受ける印象のような主観的情報を数値データのような客観的データに置き換えることは基本的に意味がないとしており、その全体性や対象との関係性などを用いて理論を構築している為、ポパーの科学哲学信奉者から見て満足の得られる理論ではない。 例えば考えてほしい。もしあなたが、恋人との関係性を科学的にデータ化し、置き換えたとしたら、それは恋人そ
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