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プラトンに関するushiwatatのブックマーク (6)

  • 早過ぎた孤独な予言者 - @IT自分戦略研究所

    連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部) 連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 アラン・ケイ(Alan Kay)―― ダイナブック提唱者 「パーソナルコンピュータの父」と呼ばれるアラン・ケイ。携帯型ラップトップパソコン「ダイナブック」を発案するなど、彼はその思想的先進性で、パソコンに携わる者

    ushiwatat
    ushiwatat 2009/04/11
    |あらゆるメッセージは、何らかの意味で、あるアイデアのシミュレーションである。それは、具体的にも抽象的にも表現される。メディアの本質は、メッセージの埋め込まれ方、加工のされ方、見られ方に依存する|
  • プラトン『メノン』 - logical cypher scape2

    「大学で哲学やってます」とかいうくせに、実はプラトンとか一冊もまともに読んだことがなかった。だからこそ、さっきの文には「一応……」という但し書きがついてまわる。 いや、プラトンに限らず、哲学やるなら読んでおけよ、みたいなを結構読んでいない。 しかし、ソクラテスやプラトン(あるいはカントやデカルト)について全く知らないかといえば、決してそういうわけではない。それでもやはり、原著(日語訳であるとしても)を読まないと、知っているとなかなか言い難いのも確かである。 ところで、自然科学とかでは、必ずしも原著を読まなきゃ知ることができないということはないんじゃなかろうか。 分析哲学と大陸哲学との違いを最も簡単に表現するなら、前者は命題を商うが、後者は固有名詞を商うということになろう。 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』*1 ここでは大陸哲学の特徴とされているけれど、これは結構人文学の特徴なのでは

    プラトン『メノン』 - logical cypher scape2
  • 古代ギリシア哲学と現代倫理学のページ: 哲学講義17 - プラトン(5) 善のイデア・太陽の比喩 -

    プラトンを中心とする哲学・応用倫理系の研究ノート、講義ノートなど

    古代ギリシア哲学と現代倫理学のページ: 哲学講義17 - プラトン(5) 善のイデア・太陽の比喩 -
  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    顔に見える?最近「送水口」が気になるという話 「送水口」が気になる今日この頃 最近街中で気になる存在、それがこの「送水口」です。地上のフロアが7階以上あるビルなど、一定の条件を満たした建築物には設置が義務付けられているもので、火事が発生したフロアにただちに水を送るために使われるものです。ポンプ車…

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  • わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 最も古い「最近の若者は…」のソース

    「近頃の若いやつときたら…」という枕詞は、「なっとらん」と続き、さらに「わしが若い頃は…」と説教モードになる。これは「たらちねの→母」や、「とりあえず→ビール」と同様、慣用句として扱われるべき。したがってこの場合は、「母」や「ビール」と言いたいように、「わしが若い頃は…」と自慢話がしたいだけ。 そんなジジイババア連中も、「若いやつ」だったときがあり、その当時は、やっぱり「最近の若者は…」とやり玉に挙げられてた。そして、耳に痛い「なっとらん」部分を更生しないまま、オッサンになり、ジジイになる、オバサンになり、ババアになる。 ■昔から言われていた「最近の若者は…」 変わったのはツラの皮の厚さだけという爺婆に向かって、「そのセリフ、大昔から言われてたんですよね」なんて返すと、途端に防御の姿勢をとる。自分がそう言われていたことと、その「欠点」がエエトシこいても直っていないことに思い至るのか、顔を真

    わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 最も古い「最近の若者は…」のソース
    ushiwatat
    ushiwatat 2007/04/28
    図書館のレファレンスサービスが使えば使えるという話。司書さんお疲れ様です。
  • わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: たしかに、プラトンは「最近の若者は…」と言っていた、が…

    このエントリで主張したいことは2つある。 たしかに、プラトンは「最近の若者は…」と言っていた。しかし、若者批判の意味で述べたのではなく、民主政体の比喩として言った わたし自身への戒め:ネット「だけ」を検索している限り、「見つからないのは、悪魔の証明」と嘯く資格はない。ネットに訊いている限り、得られる情報はウィンドウ枠から出られない 「最近の若者は…」とプラトン(紀元前427-347)が言ったとかいわないとか。わたしも調べたことがある。google センセイに訊くわけだ。「プラトン 最近の若者」か、あるいは、プラトンを「Plato」あるいは「Πλάτων」に置き換えて。文節を変えたり類語で広げたり、言語を変えたり、他のサーチエンジンしたり… 得られた中で、比較的まとまっている回答は、以下の通り。 「最近の若者はなっていない」という感じの文章は紀元前●●●年前から、石版?か何かに書かれていた。

    わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: たしかに、プラトンは「最近の若者は…」と言っていた、が…
    ushiwatat
    ushiwatat 2007/03/31
    「気をつけていただきたいことは、語られている趣旨は、若者批判ではないこと。/出典はプラトン『国家』(第八巻)560C-561B」 同所からの抜粋あり。
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