衝突は1967年以降で最も深刻なものとなった。インドは中国軍が国境を侵して仮設の建造物を設置したとしてしており、5月初旬以降、国境地帯で緊張が高まっていた。そして6月15日、死者を出す衝突に発展した。 インド外務省によると、ジャイシャンカル外相は17日、中国の王毅外相と電話会談し、同月6日に両軍当局者が緊張緩和で合意した後も、中国がガルワン渓谷のインド側に「構造物」を建てようとしたと伝えた。この構造物が何であるかは明らかになっていない。 インドの偵察隊が、実効支配線から軍を後退させたとする中国側の主張を確認するために稜線近くまで出向いた際に問題が発生したと、状況を知る2人の政府筋は説明する。 中国軍は後退し、テント2基と小さな監視台を残していた。インド側は監視台を破壊し、テントを燃やしたという。 上に掲げた衛星画像は16日朝に撮影されたもので、実効支配線のインド側の高台に、この監視台の跡の