東京帝国法科大学教授、長谷川謹造先生は、ヴエランダの籐椅子(とういす)に腰をかけて、ストリントベルクの作劇術(ドラマトウルギイ)を読んでゐた。 先生の専門は、植民政策の研究である。従つて読者には、先生がドラマトウルギイを読んでゐると云ふ事が、聊(いささか)、唐突の感を与へるかも知れない。が、学者としてのみならず、教育家としても、令名(れいめい)ある先生は、専門の研究に必要でない本でも、それが何等かの意味で、現代学生の思想なり、感情なりに、関係のある物は、暇のある限り、必(かならず)一応は、眼を通して置く。現に、昨今は、先生の校長を兼ねてゐる或高等専門学校の生徒が、愛読すると云ふ、唯、それだけの理由から、オスカア・ワイルドのデ・プロフンデイスとか、インテンシヨンズとか云ふ物さへ、一読の労を執つた。さう云ふ先生の事であるから、今読んでゐる本が、欧洲近代の戯曲及俳優を論じた物であるにしても、別に