世田谷文学館の岡崎京子展、終わる寸前で見てきたんですが。 正直、彼女の作品は、何かすげえとは思いつつもがっつりハマることはできなくて、それは彼女の表現が主に「女性」性をベースにして発信されているために、私のような鈍感で無粋な男には本質が理解できないのだという認識でいたのですが、つらつらと展示を見ながら、もうひとつ決定的な点にようやく気が付きました。 彼女の表現は圧倒的に「東京で生まれて東京で育った」人の感覚なんだなあ、と。 何に価値をおいて何を選択して消費するかという点において、東京出身の人と話をすると結構な割合で「そんな違わないよ」と言うのですが、田舎出身の人間確信を持って言います。確実にあります。決定的に違います。端的に言えば「既にあって、そこにある中から選ぶ立場」と「あまりなくて、限られた選択肢から本意でないもの含めて選ぶか、選べないものに焦がれる立場」。 自分は三重県四日市市で育ち