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identityに関するbutadonyaのブックマーク (4)

  • バラバラ殺人事件のだだ周辺。 - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない

    レス出来てないんだけどー、てかコメントしに其方に伺えてないんだけどー、なんかちょっとアレーって感じで。 私は男性です。まぎれもなく。ソレを認めたくないだけで。で、私は男性ではないと言う事で女性に何を言っても許されるのだという特権を得てるのかもしれないです。さて、それなら私はせめてブログの中で男性を名乗るべきなのでは?一部のゲイのように、同性愛者と書いててレズビアンを忘却させる文章を書いたりするくらいなら、男性を名乗って堂々と叩かれる場に躍り出たらいい。 しかし、それはクィアを名乗っても出来ること。出来ていないことをしないだけ。 そして、その怠慢をあるレズビアンブロガーさんにお咎め受けないのをいいことにイイ人の不利をしてるだけ。私は彼女を利用してる、のではないヵ。 ところで、女性を語る上で私は強者であり、ゆえに私は女性個々人が「女性」として受けている抑圧に目を向けなきゃいけないわけよね。 そ

    バラバラ殺人事件のだだ周辺。 - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない
    butadonya
    butadonya 2008/12/14
    自分は被差別者であって、あなたは差別している!と猛然と言うことはできるが、翻って自分は、相手からの感情的な訴えに無関心で過ごしてこなかったか?という問い。「わたし、人の事モノとしてしか見ない」
  • サイコロ追跡中。 ナイーブなオタクたち

    さて、今日は友人のブログの炎上に際して思ったことなどを。 なんというか、僕のオタク観って少し変なんじゃないかと思い始めてきました。少なくとも炎上中に集まっている人たちとの間には越し難いカベを感じるのです。 僕がオタクという文化圏に属する一群衆のひとりであることは間違いないんですが。 僕は、自分の好きなRPG漫画やアニメーションに対して「絶対的な価値」をみとめています。 炎上中のコメントに挙がっていたのですが、昔NHKの番組でRPGに対してネガティブな特集が組まれたことがあります。ジャーナリストはオウム問題でおなじみの江川紹子さん。2年ほど前にある人から見せてもらったことがあります。で、そのコメントには、「お前の好きなTRPGがこんな扱いされたら不快だろう。怒るだろう」と書いてあるのですが、これがさっぱりわからない。 僕も、その見せてくれた友人も同じだったのですが、不快感も怒りも感じません

    butadonya
    butadonya 2007/12/02
    「今も昔も、価値観の外にいる人間は、価値観の中にいる人間の気に障ることをいうものです。いちいち気にしてたら始まらないと思いませんか」
  • 自分。(←多分後で消す。) - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない

    性自認って何なのか、考えれば考えるほどわからなくなる。自認なんてものは別に私感覚で捉えていてもいいはずだから、私は男性として生活してるからって自分を男性と位置づける必要もないと思う。 で、性的指向だけど、性的指向概念も私の性を説明してくれない。確かに私は男性と呼ばれるセックスとジェンダーに欲情するし、自分自身から(セックスを含む)ジェンダーを嗜好している自覚がある。だから私は男性を性愛の対象にしてるのだろう。(ところで愛って何ですか)じゃあ、ゲイか?でも、私は性自認が何なのかわからないし、自分を男として位置づけてない。とすると、「男性が男性を性愛の対象にする」という意味の「ゲイ」ではなくなる。 そして、私は女性と言う(セックスを含む)ジェンダーをも嗜好している。それは異性間セックスへの嗜好と関連する場合が多いが、しかし、女性というセックス・ジェンダー自体にある程度の欲望を抱いている。この場

    自分。(←多分後で消す。) - 腐男子じゃないけど、ゲイじゃない
    butadonya
    butadonya 2007/11/30
    自分の性における境目のあいまいさについて。そもそも、こういうことを「普通」の人が悩むことがないのが常になっているこの状況がおかしいのかもしれない。「私、好きになった人が好きなタイプなんで!」
  • アイデンティティなんていらない。 - Something Orange

    アラブ人はばかだって? アラビア数字を発明したのは彼らだ。 一度、ローマ数字で 長々しい筆算の割り算をやってみるがいい。 カート・ヴォネガット『国のない男』 アイデンティティなんてご大層なもの別にいらないよ、という趣旨の記事を書こうと思ったんだけれど、どうも上手く行かない。 仕方がないから、書きたいことを順番に書き並べて行くことにしようと思う。まとまりを欠く記事になるかもしれないけれど、どうかご容赦ください。 アイデンティティがどうこうといっても、勿論、アカデミックなバックボーンがあるわけではない。ただぼくはこう思うようになった、というだけの話である。 アイデンティティという言葉が、学問的にどう定義されているのか、それすら詳しくは知らない。 とりあえず、はてなキーワードにはこのように記されている(ちなみに、「アイデンティティ」でGoogleとこの記述が一番上に出て来る)。 自我同一性、自己

    アイデンティティなんていらない。 - Something Orange
    butadonya
    butadonya 2007/11/17
    みんな「でもカテゴライズしないと生きてけないじゃーん」とか言ってるけど、自分が無意識に人をカテゴライズしてることを「自覚する」ことが一番重要なのでは?……と、記事を読まずに言う
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