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小田和正が「詞をつくるのは苦しかった」と…オフコース最大のヒット曲「さよなら」に対する“屈折した想い” | 文春オンライン
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小田和正が「詞をつくるのは苦しかった」と…オフコース最大のヒット曲「さよなら」に対する“屈折した想い” | 文春オンライン
1970年、オフコースとしてデビューし、音楽の道を究めて半世紀。シンガーソングライターの小田和正は、7... 1970年、オフコースとしてデビューし、音楽の道を究めて半世紀。シンガーソングライターの小田和正は、76歳になった今もなお、透き通るようなソプラノボイスで聴衆を魅了し続けている。 ここでは初の評伝『空と風と時と』(追分日出子 著、文藝春秋)を一部抜粋して紹介する。オフコース最大のヒット曲「さよなら」に対する屈折した想いとは――。(全2回の1回目/続きを読む) ◆◆◆ 1970年代後半期、音楽的にはバンドを意識した音作りを模索していたこの時期、小田は言葉(歌詞)においても、自分の思いにだけ向き合うのではなく、人を惹きつける言葉や物語を作ることを志向し始めたといえる。そして、ホップ、ステップの次、12月、ジャンプしなければならなかったその時、小田は思いっきり、自分を演じさせる楽曲を書いた。 それが「さよなら」だった。 小田和正 ©FAR EAST CLUB INC. 「別れの歌」になった理由

